なぜご先祖様を祀るのでしょう?
なぜご先祖様を祀るのでしょう?
先祖を崇拝するということは、実際にはどのような意味があるのでしょうか。
まず第一に、「崇拝」という言葉は英語では宗教的な意味合いになります。
しかし私は宗教とは関係なく「崇拝」という言葉を使いたいので「尊敬」という意味に言い換えた方が自然かもしれません。
日本の社会や日本人の社会的慣習を考えた結果、太陽を崇拝する様に祖先を祀ることが、この世界や私たちに与えてくれたものへの感謝の気持ちを表す一番の方法であると気付きました。
ちなみに、天照大御神様は太陽の女神です。
私にとって先人たちに感謝し、太陽の生命を与えるエネルギーに感謝するというこの概念は、世界のすべての人々との一体感を体現しています。
私には、ある特定の先祖と言える、母方の祖父との特別な思い出があります。
祖父は子供の頃ポリオにかかり、2年間狭い部屋で看病を受けながら生死を彷徨いました。曾祖母と曾祖父はそんな祖父を、ただ見守るしかなかったのでした。
私の母と私にとって幸いなことに、彼は生きのびました。(そして私の父も喜んでいると思います)祖父は闘病中に何百冊もの本を読んでいたので、そのおかげで知的な人間に成長しました。
祖父の霊が私の中に今でも宿っているので、祖父と一緒に過ごした時間を思い出すと、胸がいっぱいになります。祖父の魂はまだこの世界の一部に残っているような気がするのです。
この素晴らしい祖父の記憶は私の代で途絶えてしまうので、祖父の魂もいずれは薄れてしまうと思うととても寂しいです。
しかし先祖の霊は、三途の川を越えてあの世に行った親戚一同と共に、私たちの分身の中に生き続けています。
日本では9月22日頃の「秋分の日」付近のお彼岸と呼ばれる時期に、先祖を偲ぶ仏教の習慣があります。この日には、先祖代々のお寺やお墓参りをして家族の絆を取り戻します。
実際的には、日本人は人間としての美徳や弱さはすべて自然なものだと考えており、亡くなった人はすべて、人間の経験の全範囲を代表する、ある種の神々のようなものだと考えています。
このような考え方の包括性はとても新鮮で、人生を考え、生きる上でより実践的な方法だと思います。
先祖崇拝を別の視点から見てみると、私は「まだこの世にいるご先祖様」にお祝いをするのがとても好きです。
例えば、妻の両親を一泊旅行に連れて行った時、私は義母に「私たちは、この世にいる間にご先祖様をお祀りするべきだと思います。だから今のうちに親孝行をしたい。」と言いました。
すると彼女は大笑いしながら、私に同意しました。
太陽に感謝の気持ちを伝えながら、今日も生きているご先祖様の一人をお祀りしましょう…ありがとうございます、本当にありがとうございます。