ピーナッツバターはありません
ピーナッツバターはありません
もう20年近くも前のことですが、カナダから地元の大工さん達を呼び寄せ、日当たりの良い千葉県でツーバイフォーの家を建てました。
このカナダ人大工さんとの出会いは、最高の僥倖でした。
千葉県の私の地元の小さな住宅会社が倒産し、カナダ人大工が全員解雇された後、大工長はカナダのオンタリオ州に戻っていました。
そして自国に帰ったカナダ人の大工長は、私の依頼で再び美しい日差しが降り注ぐ、この土地に、コンテナ2個分の住宅資材と3人のカナダ人大工を私の所へ送り込み、カナダ製のツーバイフォー材を使って、私の家を建てたのです。
当時でもまだ、彼らの故郷であるカナダと日本の違いは大きく、その日本でカナダ人の熟練したカーペンター達と過ごすのは、とても興味深い経験でした。しかし、彼らは日本での生活に、時に驚き、時に落胆していました。
ある大工さんは、日本の食べ物に馴染めず、古き良きカナダのソウルフードであるピーナッツバターを切望していました。
日本人にとってピーナッツバターは比較的新しいものであり、田舎のスーパーマーケットでは、ピーナッツバターは、まだあまり販売されていませんでした。
しかしある日、カナダの田舎ボーイの彼は、スーパーマーケット売り場の壁一面に、ピーナッツバター色をしたペーストが並んでいるコーナーを見て、「ハレルヤ!」と思いました。
ピーナッツバターの楽園を見つけた彼は、それを購入し、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ(PB&J)を食べている自分を想像し、ワクワクしながら家路につきました。
そしてその日、たまたま彼を訪れた私に、そのカナダ人の大工さんは、まだ開封していない容器を見せ、「とうとうピーナッツバターを見つけたんだ!」と希望に溢れた声で言いました。
その瞬間、美味しいピーナッツバターとジャムのサンドイッチを食べて、ホームシックを和らげようとした彼のささやかな希望は、無惨にも現打ち砕かれました。私は心を痛めながら優しく彼に「違うよ、これは味噌という物だよ。」と言いました。
「違うよ、これは味噌という物だよ。」という言葉を聞いて、は?となった彼は呆然と立ち尽くし「それは何だ?」と聞き返しました。
味噌は日本人の食生活に欠かせないもののひとつです。
味噌汁はもちろん、ドレッシング、野菜ディップや、様々な料理に使うことができる万能調味料です。
味噌の良いところは、発酵食品であり、健康に良いプロバイオティクス(善玉菌)の天然の供給源でもあり、消化にも良く、冷蔵庫で長期保存もできるところです。(それに腸の動きが良くなり、お通じも快調になります。)
日本の伝統的な朝食には、ご飯、魚、納豆、漬物のお供として、具沢山の味噌汁が必ず付いてきます。
ラーメン屋では、醤油、塩、味噌、豚骨スープの中から好きなものを選ぶことができ、味噌が目玉となっている店も少なくないですね。
1987年1月に初めてラーメンを食べた時、ネギと豚肉がたっぷり入った味噌ラーメンでした。それは今までに食べたことのないような美味しい味噌で作られていて、一目惚れしたものです。
しかし、私と一緒に食べに行った人が、私がラーメンのスープを全て飲み干してしまったのを見て驚き、訝しげな顔をされたのを覚えています。
そのマナーの悪さを叱られた上に、「ラーメンの味噌汁を全部飲んだら、いつか高血圧で死んじゃうよ 。」という言葉も付け加えられました。
この記事を書いている時点では、私はまだ死んでいないので、ラーメンのスープを全部飲んでも、多分大丈夫でしょう。
最近では、スープを全部飲んだ方が、捨てるより環境にもいいし、マナーも悪くないと聞いたことがあります。
ピーナッツバター関連のエピソードをもう一つ。世界最大である日本の合成紙会社の工場で、アメリカ人エンジニアの通訳をしていた時の話です。この日本企業はいつも昼食に美味しい日本式の幕内弁当を用意してくれていました。しかし、あるアメリカ人エンジニアは日本の美味しい食べ物に一切興味を示さず、毎日ピーナッツバターとジャムのサンドイッチを工場に持って来ていました。冒険心のない彼は毎日、コーラでPB&Jサンドイッチを飲み下していました。私は毎日、「今日のPB&Jサンドはどう?」と聞きました。すると彼の答えはきまって、「いつもと同じだよ。」でした。