依存社会日本
依存社会日本
日本人の心理を形成している主な要因は3つあります。
1. 鎖国の歴史
2. 地理的条件による混雑状況
3. 日本語そのもの
日本は歴史的に中国と深い文化的な繋がりがあります。それは、アジア諸国の共有する、安定した社会の基本的価値観とも言える、「孔子」の教えに基づいています。
しかし、1603年に徳川幕府の支配により、鎖国政策が始まりました。
1853年、アメリカのペリー提督が黒船で来航。そして「」を宣言するまで、当時の日本は、世界の他の国々からほぼ完全に孤立していたのです。
250年以上の間、日本はほとんどすべての外国からの刺激から完全に遮断されたと言えます。
この鎖国時代(江戸時代1603年〜1867年)に、日本人は近代的な社会・経済構造の多くを発展させたました。
さらに、徳川将軍家の監視のもとで、集団的な協調性という点で、比類のない独特の社会と文化が開花しました。
250年にわたる鎖国の間に培われた組織的な特徴は、20世紀の大きな変化に関わらず、今日の日本社会の特徴として残っている事は確かでしょう。
日本人の多くは大都市に集まっており、そこで高度に複雑な社会的技術が発達しました。これは依存社会と呼ばれる現象です。
依存社会とは、集団のすべてのメンバーの間に大きな相互依存関係があり、縦と横の両方向に豊富な道徳的・社会的義務がある社会の事を言います。
当然ながら、全ては生まれたときから始まっています。
欧米の赤ちゃんの親離れは、生まれたときから本格的に始まります。生まれたばかりの赤ちゃんでも、母親とは別室で育てられます。
そして、欧米の子供達は、早くから主体性を持ち、問題解決の経験を積んでいきます。
これも「鎖国政策」といえるかもしれませんね。
一方、日本の子どもは2〜3年の間、昼夜を問わず、親のすぐ傍で育てられます。
一方、日本の子供達は、身近な人間に完全に依存するように育てられます。
このような相互依存の感覚は、生涯に渡って残るのです。
階層的な日本の依存社会における、自分の居場所の始まりでもあるでしょう。
子供が最初に所属するのは家族ですが、その後、小中高校、大学、そして会社等に所属する事になります。
自分の所属する集団への忠誠心は深く、強いことを忘れてはいけません。
例えば日本では最近まで、特に昔気質の男性に言える事ですが、転職をすることは滅多にありませんでした。会社側としては、途中で会社を移ることは反逆行為とみなされます。
日本社会では、年齢や年功序列が優先されますが、同時に、日本人の中に組み込まれた厳しい社会的儀礼の中で、不吉な義務を含んでいることを覚えておいて下さい。
例えば、日本語には「兄」と「弟」という言葉があります。
なぜでしょう?
家庭や社会での立場によって、兄と弟では役割が大きく異なるため、慣習や儀礼を明確に定義し、それを遵守しなければならないからです。
日本人のように考えることで、日本人の心理や世界における自分の立場に気が付くのです。
さらに、日本人の行動様式は言語の性質に強く影響され、話す言語が私たちの考え方を大きく左右します。
日本語は曖昧な言語と言われることが多いですね。
この曖昧さは、相手の責めを免れたいときや、礼儀正しさを示すために、意図的に使われることが多いのです。
日本語の有名な敬語は、この丁寧さを高めると同時に、しばしば曖昧さを助長します。
日本では、何事も文脈の中で考えなければならないので、無遠慮な言葉は簡潔すぎて場違いだし、野暮ったく、無礼な人間だと思われます。
例えば日本の上司が、「オフィスを掃除をしろ。」と命令することはないでしょう。
日本人の上司は、「オフィスをきれいにしろ。」などと命令することはありません。
「今日はお客さんが来るから、うちの会社の印象良く、きれいにしましょう。」などと丁寧にお願いします。
さらに言えば、日本人の思考回路は、古代の密教言語である日本語に根ざした、他国とは正反対のものであり、囚われていると言えるでしょう。