個人主体性
日本人は世界で有数の感情的な民族と言えるでしょう。
歴史的に見ると、日本人は無表情で、心が冷めていて、ロボットみたいな人間が多いというイメージが強いですね。
しかし、それは真実ではありません。
現代の様な社会においては、外見上の感情や本音は、完全に抑圧されないまでも、抑制されなければなりません。
日本の社会がどのように発展してきたかを見ればわかるように、日本人は、権威下の服従に抵抗することを諦めているのです。
だからこそ今、激動の時代の新しい枠組みの中で、個人の主体性を実現し、発揮することが、日本人にとって最も重要なのです。
日本人は今、東洋の精神に西洋のやり方を融合させ、日本という第三の文明の柱を確立する契機に恵まれています。
日本の文明は、外部からのインプットと、「改善」と呼ばれる漸進的な改善によって築かれたものです。
日本人は、古来から地域社会と、調和のとれた人間関係の重要性を身に付けており、個人のエゴや個人主義という考え方はありません。
西洋の伝統的な教育とは異なり、個人の自律性は基本的に、生まれてからずっと育まれているのです。
その違いを見てみましょう。
アメリカと日本の幼稚園のお絵描きの時間を比べてみましょう。
課題はごく簡単で、「太陽の絵」を描くこと。
するとどういう結果になったでしょう。
アメリカの子ども達は、それぞれ思い思いの手法で、すぐに太陽の絵を描き始めました。
一方、おとぎの国日本では、日本の子どもたちは他の子どもたちと、「きれいな太陽ってどんなだったかしら」とお互いに話し合う事から始まりました。
そして、描き方がまとまった後、各グループごとに太陽を描き始めます。
個人の主体性を認識することは、これまでで最も重要な気づきであり、発見や悟りの基礎となるものであることは間違いないでしょう。
効果的に行動を起こし、自分の人生に影響を与え、すべての行動に責任を持つ能力は、人生を通じて遭遇する、不安定で予測不可能な人間関係を乗り切るために、最も重要な要素です。
母なる地球での一度きりの旅で、周囲の混乱にもかかわらず、自身をコントロールするためには、個人の主体性が不可欠です。
自分の考えや行動に影響を与える生来の能力を信じ、さまざまな仕事、問題、状況に対処する能力を、たとえ危険な状況であっても、揺るぎない信念を持っていなければなりません。
個人の主体性を内面化することは、葛藤や変化に直面しても柔軟な回復力を持つ心理的に安定した能力を持つ、独立した人間としての安定性に影響します。
感情的に最も健康な人は、他者への依存を減らしながら、能力と自律性を高めることで、個人的な力の感覚を高めようと努力します。
これは、日本人にとって馴染みのない概念であり、日本流に融合させるためには、勇気と不屈の精神が必要なのです。
有能さと自律性を高めるには、他人を左右することなく、自分の人生に影響を与える方法を認識し、他人のせいにすることなく、自分の行動に責任を持つことである。
どのような状況であっても、自分自身の人生において行動し、効果的に活動する能力を高めることで、個人の主体性を明らかにし始めます。
私たちは皆、衆生のはかないアニメーションの中で、人間性の全領域に遭遇する運命にあるのですから、ここに個人的主体性を実現する秘訣があります。
個人主体性を内在化する前に、よく人はこう言うかもしれません。
「学校の先生が私のやる気を無くさせた」
しかし本来自分自身にこの質問を投げかけるべきでしょう。
他の人が他の人に何かを感じさせることができるのは、他の人に対する権力を与えられていない限り、どうすればよいのだろうか。
個人主体性の規範は、あらゆるものに対する先入観を捨てなければならないので、実行するのが難しいのは有名な話です。
ヴィクトール・E・フランケル博士は、その答えを、アウシュビッツに収容された事についての前代未聞の本、『夜と霧』の中で記しています。
自分の価値を実現するためには、まず「日本道」の枠組みの中で、個人の主体性と主権者としての心構えを認識し、実践しなければなりません。