天国への入り口
天国への入り口
日本という国は、母なる地球の大気から抜け出して、自身が神となるための最終地点であり、片足はこの物質世界に、もう片足は涅槃の世界に入る事ができます。
涅槃とは、仏教用語で超越的な状態を意味します。
涅槃では、苦しみも欲望も自我もなく、神々が集う場所です。
日本固有の神道の神話では、物質世界から精神世界へ移った者はすべて神となり、その一族の子孫が崇めます。実用的な神道の知恵は、新しくこの世を去った人が、死者の国でこの世の人格的特徴を体現していることを示すものです。
また、日本の天皇は天照大神の子孫であり、現在の代表者であることを念頭に置いています。
現存する日本の天皇、現成仁天皇は、キリスト教の偶像崇拝や、世界中の信徒が崇拝する多くの神々やその像と、根本的に同じ地位だと考えられます。
さらに、日本人は、全ての人間は死ぬと神になるという考え方に、驚くほど馴染みがあります。亡くなった人の記憶は、良いことも悪いことも、その人の人生の反映であり、その人が触れた人生は、永遠に分子としてこの世に痕跡を残すでしょう。
ではなぜ、日本をワンネスとも呼ばれる無限の源に最終的に旅立つ前の、地上の楽園での最後の訪問地と考える事ができるのでしょうか。
まず第一に、日本人自身が、何千年にもわたって作り上げられた社会があります。
「なぜ日本に留まるのか」と多くの人に問いかけられます。
日本人が工業化という厳しい成長の痛みを乗り越えて築いた安定した平和な社会は、すべての社会にとって模範的なモデルであり、日本社会の重要な要素は「秩序」という言葉で体現されています。
秩序
「秩序」という言葉は、日本社会が数千年に渡り発展してきた、独自のもので、英語圏には本来存在しません。
「秩序」とは、簡単に言うと、社会秩序が整った調和のとれた社会という意味でしょう。
飛鳥時代(604年)に聖徳太子が書いた日本国憲法の原典に、社会秩序は不滅の聖典の一つとして記されています。
また、「形式☀︎秩序☀︎過程」という日本の基本的なシステムにも、「秩序」は不可欠な要素です。
その結果、日本は今日のような平和で豊かな国家となり、英米帝国によって無数の罪のない日本国民に加えられた、未曾有の核爆撃を含む、あり得ない程の障害を克服した、見習うべき社会の見本となったのです。
日本の農村から外の世界を眺めると、他の多くの国でも、一般の人々の苦しみを軽減するために、かつてないほど健康的な「室(むろ)」を必要としているように思われます。
今日もまた正しい日を迎え、自分の住む地域や社会で「室」を作り、この世界を構築された通りに生き、この地を受け継ぐ者のための世界を築くのです。