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マギー・メイのマジカル・ガーデン

マギー・メイのマジカル・ガーデン

子供の頃、カナダのブリティッシュコロンビアで育ち、大人になってから日本で暮らす私は幸運です。

日出ずる国」に来日し、初めて日本の風景に点在する地元の小さなスーパーマーケットや特産品の店に行った時、店内が新鮮な食材ばかりだったのに魅力を感じたものでした。

狭い通路には商品が天井まで積み上げられ、忙しさに箱が散乱していることもよくありました。

玩具や駄菓子、古い広告が床から天井まで詰め込まれた昔ながらの駄菓子屋

昔の日本では、主婦が毎日新鮮な食材を買い出しに行き、家族のために、その日のうちに調理するのが伝統的な日本人の生活スタイルでした。

私の日本での生活のおかげで、アジアの多くの食品を体験することにもつながりました。

宴会コース料理 - Land Of The Rising Son

その結果、食文化に深い敬意を抱くようになり、ほとんどの文化において、食文化が歴史的に共同体の絆に重要な役割を担っていることが分かりました。

80年代後半に日本に来て、こうした伝統的なお店を目にした時、60年代から70年代にかけてセントラル・ブリティッシュ・コロンビアで育った頃の懐かしい思い出がよみがえります。

樹氷の並ぶ雪の稜線。眼下に日の差す谷が広がる
50年前は、マイナス30度にもなる冬の間には、新鮮な野菜などは配達されなかったのです。

毛皮をまとった白髭の人物が杖を持ち、手に白梟をとまらせる絵。周りに狼と熊

当時はまだ、物流システムが未熟でした。

マザー・マギー・メイ(私の母)は毎年、短い夏の間に家庭菜園を作っていました。そして凍てつくような長い冬を前に、収穫物を缶詰にしたのです。

低い日の下に広がる雪原。遠くに一人の人影と目印の杭が並ぶ
また、オカナガン渓谷の無垢なフルーツベルトに住んでいたで、私達は果物には困りませんでした。

桃、梨、アプリコット、チェリー、ベリー類など、夏の楽しみは果物の収穫。そして寒い冬の楽しみは、朝食にごちそうの缶詰をいただく事。

風化した板の上に並ぶ、桃の砂糖漬けの瓶三つ。周りに生の桃が置かれている

私の故郷では、食料調達の季節になると、は地元の肉屋から牛1/2頭と豚2頭を購入します。

そして、一輪車いっぱいに処理したばかりの肉を持ち帰り、祖先の家の地下にある巨大な冷凍庫に入れて、寒い冬を越します。

秋には鶏が屠殺され、友人たちと分け合い、そして家族が集まり、寒くて長いブリティッシュ・コロンビアの厳しい冬を乗り切るための糧を確保するために、懸命な作業を続けました。

なめらかに積もった深い雪の中に、小さな樹氷の針葉樹が一本だけ立つ

マギー・メイは、当初から優れたパン職人で、得意とするサワードウやライ麦などのパンも大量に作ってくれました。そしてバタータルトやアップルパイなど、おいしいお菓子も山ほど作ってくれました。

木の盛り板に並べられた四つのバータルト

その巨大な冷凍庫には、夏の間、パラダイスと呼ばれる自然のままの湖や川の隅々で釣った、ふっくらとしたニジマスもたくさん入っていました。

虹鱒- Land Of The Rising Son

しかし、このようなことは、いつの間にか遠い過去となり、昔のような苦労は、現代ではほとんど必要なくなってしまいました。

現代の日本の農産物は、利便性の名のもとに、また事実上、甘味料、化学調味料、保存料で操作されています。

中身が体に良くない食品であることを警告する文が印刷された、厚紙のハンバーガーの箱

確かに便利ではありますが、保存性の高い食品を長期的に食べることは、日本人に何をもたらすのでしょうか。

アメリカの食生活の失敗を見れば、このような高度に加工された食品を食べることは、考え直すべきでしょうし、避けるべきでしょう。

浜辺の卓に腰かける二人を後ろから捉える。奥の砂の上に小舟が並ぶ

この変化と不安の時代に、自分自身の健康と幸福は最も重要な関心事であることは間違いありません。

日本人の平均寿命は世界一ですが、これは米、野菜、魚介類といった日本の伝統的な食生活によるものです。

白飯、焼き鮭、味噌汁、卵焼き、香の物を並べた日本の伝統的な朝餉の膳

マギー・メイのマジカル・ガーデンは、徐々に失われつつある昔の日本の食のあり方を思い出させてくました。

新鮮な旬の野菜、海の幸、そしてふっくらとしたジャポニカ米、日本人の食の伝統は豊かです。

忙しい現代を離れて、日本の農山漁村の農家が、愛情込めて育てた新鮮な食材を味わってみてはいかがでしょうか。

天皇陛下田植 - Land Of The Rising Son