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相撲、みかん、こたつ、お茶、せんべい

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1987年1月11日に来日して間もない頃、私は素敵な女性の家に招待されました。

この素敵な女性は、私を彼女のリビングルームに案内してくれ、一緒にこたつに座って、テレビで大相撲初場所を観ながら、緑茶、せんべい、みかんを出してくれました。

藍色の厚いこたつ布団のそばで、木の天板に二つの湯呑みと緑茶、焼きせんべい、皮をむきかけたみかんが並んでいる。

これから何が始まるのかとワクワクしながら、私は生まれて初めてコタツという物に足を入れました。 湯呑みから湯気と共に立ち上る緑茶のいい香りを楽しみ、パリパリのせんべいをかじりながら、それまでに経験したことがないような、素晴らしく美味しいみかんをいただきました。 (私がカナダに住んでいた子供の頃は、日本のオレンジは手に入りにくく、私の家では、お正月だけの特別な物だったので、一日2個までと母に決められていました。その時も美味しいと思っていたのですが、この女性のお宅でいただいた物は格別でした。)

私はその時まさしく、別の惑星の楽園にたどり着いた気持ちがしました。

むいたみかんとせんべい、湯呑みの向こうで、緑の湯気が渦を描き、藍色と金色に囲まれた乳白色の光へ広がっている。

私はこれまで相撲を見たことがなかったので、これは私の人生の中で最も興味深い経験の1つでした。

私はすぐに相撲ファンになりました。というのは、この時期の日本の相撲界は特別な時期だったのです。 横綱が4人、大関が4人で、特にハワイで生まれ育った非常に素晴らしい小錦関は、外国人として最初の力士の1人でした。

暖かな光に包まれた相撲場を大勢の観客が埋め、明るい土俵の上では二人の力士が向かい合って腰を落としている。

それからまた、千代の富士関が最も素晴らしい力士だと思いました。この時期は近代日本相撲界の黄金時代だったと思います。

千代の富士関は、これまでで最高の横綱の一人と考えられており、31の優勝を達成しました。これはかつての大鵬関に次ぐ2番目の記録です。

彼の21年間の現役としてのキャリアの中で、通算1045回の勝利、そしてその内、幕内では最も最多の807回の勝利を記録し、その当時のギネス世界記録に登録されました。

二人の力士がまわしを強くつかんで土を蹴り、その動きを藍色と琥珀色の大きな筆の跡がなぞっている。

しかしとても残念ことに、この偉大な力士は癌のため、2016年7月31日に東京で、61歳の若さで亡くなりました。

私は後に知ったことですが、相撲は神道として日本の先住民の宗教的に重要なものなのです。

無人の土俵に冷たい昼の光が差し、散らばる塩の粒、土の質感、弧を描く俵を照らしている。

相撲は何世紀にもわたって古き伝統があり、取り組みの前には塩を撒くなど、神道の一部である古代日本の儀式が今なお残っています。

現在でもある神社では、神聖な神と力士が格闘しているような儀式的な舞踊も行われています。

神社の境内で力士が両腕を開いて踏ん張り、日の差す何もない空間に浮かぶ淡い風の渦と向き合っている。

私の最愛なる読者の皆さん、もし実際に Land Of The Rising Son(日本)を訪れることがありましたら、是非、相撲を自分自身の目で観ていただきたいと思います。 それが不可能でしたら、是非こたつに座って煎餅とみかんを食べながら緑茶を飲み、この信じられないほどの歴史的な相撲という儀式を楽しんでみて下さい。 そうすれば、古き良き日本人の気持ちが、少しはあなたに届くと思います。

驚き喜ぶ客が口元のせんべいを持ったまま手を止め、湯気の立つ緑茶のそばで、もてなす女性がみかんを手に微笑んでいる。