千里の道も一歩から

千里の道も一歩から

千里の道も一歩から

千里の道も一歩から

私がお気に入りの居酒屋でランチをしていると、隣の席の男性が 「◯月◯日に禁煙しました」と話していました。

私は彼に「それはすごいですね。千里の道も一歩から」。と言いました。

彼はポカンとした顔で私を見つめていました。どうやらこのことわざを知らなかったようです。ちなみに千里は4000kmです。

彼と一緒に食事をしていた50代の同僚も、家族で営んでいるこの店の経営者の女性も同じ反応でした。

私はいつも、日本人に対していきなり日本語のレッスンをするのが大好きです。せっかく役に立つこの孔子の教えの起源について啓蒙することことはやぶさかではありません。

古き良き時代は過ぎ、古く文化的に豊かな日本の美しい言葉はどんどん忘れ去られていると感じます。ああ。。。

このことわざは、とても長く困難な道のりに立ち向かう時、まずは手近なところから着実に根気よく努力を重ねていけば成功に繋がるという教訓なのです。

そして、本能的に千里の道の一歩、さらにもう一歩、そしてもう一歩を踏み出さないということは、人生の終わりに後悔するということになるのです。

毎日踏み出すその一歩が、自分の心からの願望と未来へと繋がる第一歩なのです。

A Journey Of A Thousand Miles Must Start With The First Step

一緒に歩こう

一緒に歩こう

一緒に歩こう

一緒に歩こう

私が住んでいる地域は崇高なパワースポットが随所に散りばめられています。

最近親しくなった友達と、我が家の近所を一緒に散歩しました。そして長い長い散歩の途中、そのうちの1人は私に向かい「こんなに豪華なウォーキングコースがあるとは素敵ですね」。と言いました。

私の近所の小さな散歩道では、日本の田舎ならではの発見と喜びを体験することができます。

Amaterasu Oomikami shinning her life on us.
天照大御神様の輝きが私たちを照らす

Working in tandem with the Japanese government, specifically after the great Tohoku disaster to store her precious energy
特に東日本大震災以降、天照大御神様に日本政府が協力して、彼女の貴重なエネルギーを蓄えるために働く

Which one is real, the shadow or the ego
影か自分か?どちらが本物

I appreciate the hard work our farmers put into growing rice for Japan
日本のために米を作って下さる農家の皆さんに心から感謝

Lot’s of fertile land in Japan
日本の肥沃な大地

Clear soaring in the pristine blue sky
澄み渡った手付かずの青空

Shine on one
そして照らし続ける

The road going somewhere
どこかに続く道

Reflecting upon the reflection
心深く反射を見る

Soon to plant seedlings
まもなく始まる田植え

Before the entrance
鳥居がかくれんぼ

The entrance to my adopted shrine
私の崇拝する神社への入り口

Exquisite road
-神への道

Peeking though to you
天照大御神様が木の影から覗く

Mystic forest
神秘の森

Tough hill
険しい丘

Tough hill continued
更に続く険しい丘

Narrow pathway to the shrine
神社への小道

Mossy
苔むした坂道

Entrance to Tamada shrine
玉田神社の入り口

Serenity is now closer
自分の中の調和がすぐそこに

Old man stone
老人の石

One of the deities
神の一人

Cleans oneself before giving thanks
感謝の前に自分を清める

Power in simplicity
質素の中に力を感じる

Side shrine with more deities
神社の脇にもう一つ小さな神社

Beautiful torii back
美しい鳥居の後ろ姿

Beautiful torii front
美しい鳥居の正面

My favorite travels deities
私のお気に入りの神々

On the way out
帰り道で

Amaterasu Oomikami saying hello again
天照大御神様再び

Blue sky
青い空

Heaven and Earth
天と地と

Herons in the paddy
水田の鷺

Rustic
趣ある廃墟

Poke through the trees
木を貫く天照大御神様

The moon

The road home
帰り道

Humanity’s common Sun Goddess, Amaterasu Oomikami going down to rest one more time; she’ll be back
私たちの天照大御神様は、再び休むために隠れ、そして再び戻って来る

 

奇跡のロックアート

奇跡のロックアート

奇跡のロックアート

奇跡のロックアート

ロックスターというと、普通は音楽のロックと思うでしょうが、中田明恵はそのロックスターとは別の世界のものです。

中田明恵は独学のアーティストで、小さな石や小石をキャンバスに、リアルな動物を描き、手のひらで握れる素晴らしいアートを制作しています。 彼女は2011年に石の芸術家としてこの風変わりな旅を始めました。川の土手に沿って散歩しているときに、彼女はウサギのように見える特別な石に出会いました。 本物の日本の精神で、彼女はそれぞれの石の自然な形に触発され、すでにそれぞれ運命や性格を持っていると感じるものを選びます。 「石はそれぞれの独自の意思を持ち、私はその石たちと一緒に先に進み、私がそれらに描くための手がかりとして考えています。」 猫や犬からフクロウ、ネズミ、さらにはオポッサム一家にいたるまで、中田明恵の石の動物はどれも驚くほど実物そっくりです。 目を最後に描くと「目が生きている」と思い、彼女は自分の仕事が完了したと感じます。   彼女は続けます。「私にとって、作品を完成させることは、私が描くディテールの量ではなく、石の中に人生を感じているかどうかということです。」 これらの素晴らしい作品を見ると、「マスター」という言葉の意味を理解できます。 現在、埼玉県狭山市に在住。

信じられない紙タコ

信じられない紙タコ

信じられない紙タコ

信じられない紙タコ

たった一枚の紙に何ができるでしょうか? 福田雅代さんにとってこれは無限の可能性を秘めています。彼女の美品を実際に拝見した後、私は彼女を「繊細天才」と名付けさせていただきました。 日本人はとても勤勉で非常に手先が器用であることはよく知られていますね。 ご覧ください。福田雅代さんの素晴らしいアート作品を見れば、私の上記の声は真実であると確信できるでしょう。 紙切りの芸術には忍耐と高度な技術が必要であり、日本人アーティストの福田雅代さんは間違いなくこの並外れたスキルを習得しています。 日本では「切り絵」と呼ばれますが、この伝統的な芸術は、白い1枚の紙から複雑な形状を切り抜き、黒い背景の上に置いて、そのコントラストで絵を強調します。 福田さんは25年間に渡り、切り絵の作品を作ってきましたが、この作品が彼女の最高の作品の一つと考えていることでしょう。 今一度ご覧下さい、このタコの切り絵は印象的な美品です。 この一枚の大きな白紙から作られた名作は、言葉に表現できないくらい、芸術家の真の技術を明らかにしています。 この素晴らしい芸術家はこのように言っています。「私にとって、切り絵の作品を作ることは、私の日常生活のステレスを解消するいい方法になりました。もしあなたがこれを始めたければ、基本的にタント紙、カッター、マット、そして明るい部屋、たったこれだけを用意すれば、それが可能です。 幸運なことに、私はたまたま東京の郊外に住んでいるので、2月21日にメイソン・ド・ネコで福田雅代さんの驚異的なアートワークを見ることができました。 繊細天才福田雅代さんの美品を実際自分の目で見たのですが、それは素晴らしく著しい作品でした。それぞれの作品には細かな注意が払われ、卓越した技術で作られていました。 繊細天才福田雅代さんはとても気さくないい方で、私が展覧会を訪れた時、とても和かに喜んでくれました。 そしてこのイベントの主催者である株式会社KAZAANA代表取締役、樫村健太郎さんにもお礼の言葉を申しあげます。なぜなら、繊細天才福田雅代さんの素晴らしい才能を世の中に広めてくださったのですから。 近々「隠れた宝石」にご招待して、繊細天才福田雅代さんに、切り絵の達人になるまでの道のりや、インスピレーション等についてお話を聞きたいと計画しています。
笑点

笑点

笑点

笑点

1966年5月15日から長期に渡って放送されている、笑点という非常に興味深いテレビ番組があります。

Old Shoten Picture 笑点

これがどんなに長いかという事をイメージしていただきたいのですが、私が30数年前に日本に来てから、既に司会者が3人目なのです。この司会者たちは、この仕事を死ぬまで辞めることはありません。すなわち、辞める時は死ぬ時なのです。

私の愛しの配偶者と私は週末の仕上げに、日曜夕方17時30分から30分間のこの番組を毎週末楽しみにしています。

この番組はとても面白いのですが、時々古い日本語を使うので、分かりづらい時もあります。鋭い頭の回転、毒舌、他のメンバーへの侮辱愛。これはすごいエンターテインメントです。日本語を深く勉強したい方は、これを観れば日本語の麗しさや、ニュアンスが勉強になり、病みつきになるでしょう。

司会者が台本を読み、7人の落語家が色とりどりの着物を着て、面白いジョーク、駄洒落、侮辱、定番のネタなどなど盛り沢山です。そして座布団運びの山田さんをみんなでいじめるのも定番のネタの一つです。

座布団運びってなんでしょう?6人のメンバーが面白い回答をして、司会者が良いと判断すると、座布団運びの山田さんに追加の座布団を持って来させます。しかしながら、回答者がつまらないことを言った場合は、逆に座布団を没収します。そして10枚座布団を獲得した回答者が勝者ですが、滅多に10枚に届くことがないこともギャグの一つになっています。

自分で言うのも何ですが、私はとてもユーモアのセンスがあると思います。それは私のおじいちゃんから引き継がれていると思うのです。笑うということは心と魂に栄養を与えるということです。それが私の今日の笑点。

節分

節分

節分

節分

節分とは日本の春の始まりの前日であり、中国から八世紀に日本に伝わりました。

節分の意味は、季節を分けるという意味で、春の節分の行事は二月三日に行われます。

中国の古い暦ではこの日が元旦となっていたので、前年の全ての悪を一掃し、病気を追い払う特別な儀式が行われていたのです。

この特別な儀式は、「豆まき」と呼ばれます。

豆まきの風習は室町時代から始まりました。

人々は炒った大豆(福豆)を、「鬼は外! 福は内!」と大きな声で合唱しながら、奥外や、鬼の面を着けている人に投げつけ、そして家の扉を勢いよく閉めます。

これは一般の家庭で行われる風習ですが、それ以外にも、多くの人々は神社やお寺で行われる節分の行事にも参加します。私の家の近くの成田山新勝寺では、有名な力士や芸能人などが寺の境内から豆まきをするため、一般の人たちはこの時に撒かれる豆や菓子などを掴み取り、縁起物として持ち帰ります。

この豆は、不幸や悪い病気をもたらす悪霊を追い払う言い伝えがあり、家を浄化する象徴と考えられています。 そして運気を上げるため、地域によって多少異なりますが、炒った大豆を一年に一回、この節分に、自分の年の数と、そして次の一年に幸運をもたらすために、もう一粒を食べるのが習慣です。

二月三日に豆を投げ、悪霊を追い払い、幸運を取り込んで、その後の一年を祝います。
それでは皆さん、毎年二月三日には豆まきをし、不運を追い払い、幸運を取り入れ、素晴らしい一年を!