地獄谷のスノーモンキー

地獄谷のスノーモンキー

地獄谷のスノーモンキー

地獄谷のスノーモンキー

私たちは最も日本で広い都道府県のうちの一つ、長野へと向かいました。そこでは信じられないほどの自然現象が起こっています。

長野は、1998年の冬季オリンピックの開催地としてよく知られています。

私たちは温泉に入るスノーモンキー(野生のニホンザル)を見るために山道を進み、他の多くの旅行者と一緒に、この素晴らしい光景を目にすることができました。

これらの信じられないほど回復力のある動物を観察しているとき、私たちは動物園の動物なのかどうか疑問に思わずにはいられませんでした。
私たちはこの辛抱強い猿たちを見て、逆に私たちが動物園の動物のように、彼らに見られているのではないかと感じました。

機会があれば是非、野生のスノーモンキーを見に、地獄谷を訪れてみて下さい。

備考:私はこの県で何十年も前に、生や火鉢で調理した馬肉を醤油とニンニクで、初めて味わった場所でもあります。 それは凄まじかったです。

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される:パート2

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される:パート2

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される:パート2

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される:パート2

先週、エレンチューブに初出演した、天才少女ドラマー、神童よよかについてお話ししました。

最初の出演では面白いハプニングがあり、何が怒ったのかを確認するために、日本人としては初めての2回目の出演となりました。

思い出して下さい。神童よよかはエレンに2つの美しい漢字をプレゼントしました。一つは「絵」、そしてもう一つは「蓮」。これでエレンと読みます。英語にすると、「蓮の花の絵」という事になります。

さて、神童よよかと絵蓮の、次の交流を見てみましょう。

絵蓮は神童よよかに、「この前に来た時は楽しかったですか?」と聞きます。

それから「前回は、ドラムを演奏することを習ったのは何歳からで、なぜ始めたのですか?と聞きたかったのです。」と絵蓮は言います。

「習う」という言葉をまた使っているのは、前回ここで話が詰まってしまったからです。何故なら、神童よよかは天才なので、「習う」という概念がないのです。彼女にとってドラムは自然にやってきた物で、楽器を「習う」ということが実際にどういうことなのか理解できないのでしょう。

神童よよかは「2歳のときにドラムを演奏し始めましたが、ドラムを「習った」のではなく、ドラムを「感じ」始めたのです。

そして彼女は続けます。「私は楽譜を読むこともできますが、ちょっと面倒なのでドラムを「習う」ということはありません。」

続いて絵蓮は神童よよかに「一番好きなドラマーは誰なの?」と聞きます。

神童よよかは日本語で「いっぱいいるんだけど、ロックドラマーなら、デイヴ・グロールです。」と言います。

絵蓮はデイヴ・グロールと聞いて、とてもホッとしました。

そして二人は、なぜ神童よよかデイヴ・グロールが大好きかという話を続けました。

「すごい鳴らす音がカッコ良くて、重いグルーヴがすごい!」と神童よよかは言います。

次に愉快な場面は、神童よよかが絵蓮にけん玉を教えたところでしょう。

絵蓮はとても本質が優しくパワフルなトークショーの司会者なので、頑張ってけん玉をやってみています。

この子供のおもちゃは練習しない限り難しいということは皆さんもお分かりですよね。そして日本人は、外国人が日本の伝統的なけん玉などに挑戦する時、本当に嬉しそうな顔になりますね。

そして絵蓮は前回の神童よよかの出演の際に何が起きたのかを説明し始めます。

「前回、何が起きたのかと言うと、撮影の前に予めよよかの好きなことについて質問してあったのですが、本番ではその答えを知らないフリをして話したんです。」

神童よよかはまた不思議そうな顔をします。

引き続き絵蓮は前回の出演の際に何が起きたのかを説明します。

以下の会話はパート1からの引用となります。

絵蓮:私はプレゼントを贈りたいのですが、次にあなたはどんな楽器を「習い」たいですか?

神童よよか:(以降日本語で)うーん、習いたくは無いけど、今ギターとかベースを練習しているから、ギター、ベースをやりたい。

絵蓮:たくさんの楽器について話しているのかしら?私は一つの楽器について知りたいのですが、彼女は何を言っているの?

通訳:今ギターとベースに取り組んでいるそうです。

絵蓮:ああ~期待外れの答えだ。

神童よよか:は? (頭を少し傾けながら)

絵蓮:私は違う答えを期待していました。

通訳:そうですか。。。

絵蓮:他の楽器も聞いてみて下さい。(通訳者へ)

通訳:他に何か無いかしら?

神童よよか:Nope!(顎を手で撫でながら)

 

絵蓮:彼女は木琴が好きですか?

通訳:(日本語で)木琴は?

神童よよか:「習う?」(笑いながら首を傾げる。)

通訳:彼女は習いたくはないと言っています。

絵蓮:それじゃあ見るだけでもどう?

神童よよか:(頷く)

絵蓮:はい持ってきて! (スタッフに手を振り合図。)

神童よよか:Yeah!(社交辞令的に盛り上がる。)

パート2に戻ります。

そして絵蓮は言います。「私はあなたが木琴を習いたいと思っていました。」

また「習う」と言う言葉が出てしましました。これでは絵蓮と神童よよかにとって、言葉の行き違いが続いてしまっています。

通訳者は日本語で、絵蓮は、よよかが木琴が欲しいと思い込んでいたと説明します。

ご覧ください。神童よよかはまた混乱した顔になります。

神童よよかの表情を見て絵蓮は、「欲しくなかったの?」と言います。

通訳者は「あなたは木琴が欲しいと思っていなかったのですか?」と日本語で聞きます。

神童よよかは混乱し、ためらいながら、「うーん、欲しかった。」と社交辞令を言います。

絵蓮はホッとしながら、「あなたは習った?」とまた聞きます。

再び「習う」と言う言葉が出てしまいます。

通訳者は神童よよかに「その木琴を使っていますか?」と聞きます。

神童よよかは「はい、毎日使っています。」といいます。

いつもの絵蓮のユーモアで、「それは良かった。使っていないなら返してもらわないといけないところでした。」と言います。

そして神童よよかはドラムセットに座ります。

神童よよかが演奏した、フー・ファイターズというバンドの曲「ザ・プリテンダー」を聴いた、当のデイブ・グロールから、神童よよかにビデオメッセージが送られました。これはこの若い天才にとって最高の贈り物だったに違いありません。

最後に、パワフルなトークショーの司会者絵蓮は、神童よよかと彼女の家族に、ユニバーサルスタジオのVIPパスポートをプレゼントしました。絵蓮様ありがとうございます!

個人的に私は非常にエレン・デジェネレス​を尊敬しています。彼女は1997年に自身がレズビアンだということを世間に発表しました。それは彼女のキャリアに影響を及ぼす可能性があったにも関わらず、彼女はその大きな障害を乗り越えて、私たち人類にいい影響を与えたに違いありません。

2回目の神童よよかの絵蓮ショー出演シーンはこちら。

父の帽子が日本に帰ってきた!

父の帽子が日本に帰ってきた!

父の帽子が日本に帰ってきた!

父の帽子が日本に帰ってきた!

私の父が日産社の招待で1968年に日本に来た時、この帽子をかぶっていました。

ダットサンとは?若い人は知らない人も多いかもしれませんが、日産の輸出ブランドです。ダットサンについて

実は私の最初の車はダットサン510でした。お父さん、本当に私の初めての車のために、半分の代金を支払ってくれてありがとう。

私は父親から、自分自身で支払う事の大切さを学びました。これは非常に貴重な教訓になりました。

カナダで最初のダットサンディーラーの一人としてダットサンから日本に招待された彼は、たいそう喜んでランドオブザライジングソンに関する素晴らしい土産話を持って帰ってきました。

そして彼はお土産に箸と箸置きを持ち帰り、家族にその使い方を教えてくれました。

お世辞が上手な日本人はいつも「箸を使うのが上手ですね。」と今の私の箸のテクニックを褒めてくれますが、その時私は苦笑いをしてしまいます。そして「あなたのスプーンの使い方も上手ですね。」と少し皮肉を込めて返します。

もしあなたがランドオブザライジングソンに来て「おはようございます。」とだけ言っても、日本人は「日本語が上手ですね。」と褒めてくれるでしょう。それは日本人がこの難解な社会をスムーズにしているのです。

父のランドオブザライジングソンへの初めての旅に話は戻ります。

彼はパレスホテルで生の魚と天ぷらを夕食に食べ、朝食には和牛ステーキをご馳走になりました。これは日本を好きにならない訳がないでしょう。

そして私の父はダットサンの車を輸入する際、バンクーバーの港まで到着した車を取りに行き、美しいフレイザーキャニオンを8時間かけて運転して帰ってきました。

想像してみて下さい。5歳の少年のお父さんが、240Zに乗って帰り、それを1st Aveの自宅の前に駐車したときの、この少年の驚きを。

非常に特別な経験でした!

さらに200SXとダットサンピックアップトラックという興味深い車も持ち帰りました。

お父さんは数年間ダットサンのディーラーを経営しましたが、最終的には長い時間の仕事に就くのをやめ、その会社を売却しました。

そしてその代わりにブリティッシュコロンビア州の手つかずの自然豊かな環境で家族とキャンプ、ハイキング、釣りを楽しむ事を決めました。

その選択をしてくれた父に感謝しています。それ以上の子供時代はなかったでしょう。

今、父の帽子は日本に帰ってきて、家族の家宝として私に伝えられています。

1968年に父が訪れた日本と、今の日本はあらゆる面で大きく変わっていますが、この帽子を着用することを光栄に思いながら、日本の本質は今も昔も変わっていないと感じます。

 

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される: パート1

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される: パート1

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される: パート1

パワフルなトークショーの司会者、日本のスーパー少女に魅了される 第一

9歳の日本人の少女は、アメリカのショービジネスのトップクラスの一人の女性エレンに、強烈な印象を与えました。

この小さなドラマーは、このパワフルな女性ホストに、日本魂の力強さを示しました。

よよかが、この最強のホストに、二つの文字の自作の書道をプレゼントした時、二人の魂は繋がったのです。

「何と書いてあるの?」と絵蓮に聞かれたとき、神童よよかは言いました。これはあなたの名前です。

「絵蓮」(エレン)

最も強力なホストの目に、愉快なまでの驚きの光が浮かびました。そして、「ああ、それは私の名前なんですね。」と言いました。

この映像をよく見ると、エレンのたまげた表情がよく分かります。

間違いなくこの非常に強力なホストは、この麗しい二文字の書道の意味を、それまでは知らなかったでしょう。

神童よよかが最強ホストに贈った素晴らしい名前の意味は、蓮(ハス)の絵、つまりは花の絵画という意味ですね。

読者の皆さんもお気づきでしょうが、よよかが最強ホストに、尊重と好意の印に、このような心のこもった贈り物をしたことは、大変有意義な事でした。よよかはエレン様に強い印象を与えたからです。

この書道に「様」は省略されていますが、日本人の神童よよかは、もちろん心の中では敬称で呼んでいたはずでしょう。

ですから、私は今後このエレンを呼ぶ時には「絵蓮様」と呼ぶ事にしました。

エレン= 絵蓮(最も強力なホスト)
よよか=神童よよか

「あら本当にありがとう。とても美しいですね!あ、あなたは自分でこれを書いたの?」とドギマギしながら絵蓮は尋ねました。

神童よよかは親指を立てながら陽気な声で「はーい!」と返事をしました。

絵蓮は続けます、「それは素晴らしく美しい。ありがとう。」

単純と思えるかもしれませんが、神童よよかからのこのプレゼントによってエレンが本当に感動した事が分かります。

そして「子供たちに文字を教えるのは大変な事ですが、これは本当に複雑ですね!」とも言いました。

元々トークのプロフェッショナルである絵蓮はこの後、「もちろん私は神童よよかを信じていますが、正直何が書いてあるのかは私達には分からないので、なんとでもいう事ができますよね。。。!」とジョークを飛ばします。

この異常なまでに特別な会話は続きます:

絵蓮:私はプレゼントを贈りたいのですが、次にあなたはどんな楽器を「習い」たいですか?
神童よよか:(以降日本語で)うーん、習いたくは無いけど、今ギターとかベースを練習しているから、ギター、ベースをやりたい。
絵蓮:たくさんの楽器について話しているのかしら?私は一つの楽器について知りたいのですが、彼女は何を言っているの?
通訳:彼女はそれを「習う」ことはしたく無いのですが、今ギターとベースに取り組んでいるそうです。
絵蓮:ああ~(少し戸惑って)
神童よよか:は? (頭を少し傾けながら)

絵蓮:私が違う答えを期待していました。
通訳者:そうですか。。。
絵蓮:他の楽器も聞いてみて下さい。(通訳者へ)
通訳者:よよかちゃん、他に何か無いかしら?
神童よよか:Nope!(顎を手で撫でながら)
絵蓮:それだけ?

頭を振る絵蓮の目から、更に戸惑いの表情が伺えます。

絵蓮:彼女は木琴が好きですか?
通訳:(日本語)木琴は?
神童よよか:「習う?」(笑いながら首を傾げる。)

通訳者:彼女は習いたくはないと言っています。
絵蓮:それじゃあ見るだけでもどう?
神童よよか:(頷く)
絵蓮:はい持ってきて! (スタッフに手を振り合図。)
神童よよか:Yeah!(社交辞令的に盛り上がる。)

EllenTubeの動画のタイトルに私はくすっとなりました。 「子供ドラマー相馬よよかから、忘れられないプレゼント」

私は別のタイトルを提案します。 「アメリカのショービジネスの最もパワフルな人間と、9歳の日本の少女との最も有意義な心の出会い」

想像できますか?この番組には台本があったはずですが、神童よよかには伝わっていなかったようで、おそらく木琴について聞いていなかったのでしょう。実質台本無しだった事で、なぜ木琴の話をしているのかが分からなかった9歳の日本の少女が、予期せぬリアクションをしたことで、このような面白い展開になったのでしょう。

この絵蓮チューブの素晴らしい動画はこちら

よよかがロックミュージックの最も難しいドラムパートの1つをカバーするビデオはこちらから。レッドツェッペリンによる「グッドタイムズバッドタイムズ」

よよかの「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」の演奏を聴いたレッドツェッペリンのボーカル、ロバートプラントのリアクションはこちら。

パート2では神童よよかが再び絵蓮チューブに戻ってきます。もう一度、謎の日本人の心と、西洋人の心の深い繋がりについてお話しします。ご期待下さい。

一期一会     〜 一生に一度 〜

一期一会 〜 一生に一度 〜

一期一会 〜 一生に一度 〜

一期一会 〜 一生に一度 〜

日本語の美しさは、私をがっかりさせることは決してありません。

一期一会:一生に一度のチャンス。

この絶妙な4文字熟語の解釈は次のとおりです。

1つの出会い、1つの機会-茶道のこの概念は、“すべての出会いを一生に一度の、または一般的に普段の生活を送るときに通過する稀な機会、瞬間を大切にする”と意味しています。

自分の時間の中での、一つ一つの瞬間を独特な出来事として扱います。

出会いは独特で、特別な瞬間があり、私たちの一部になります。

私の経験から言うと、毎日が一期一会の出来事でいっぱいです。たとえば、一人で歩いているときに、水田からサギが飛び立つのを見る。これが一生に一度の出来事の美しさなのだと認識すると、一期一会の本当のより深い意味を理解し始めるでしょう。

確かに、親愛なる読者のあなたと私も、あなたがこれを読んでいる間に一期一会を体験しています。

親愛なる読者とLand Of The Rising Sonがあなたと一生に一度の独特な出会いをすることを目的に、私はこれを書きました。あなたがこの投稿を読んでいる間は、つかの間ですが、一期一会を体験しているということです。

毎日目を覚まし、一期一会の意味を心に持って生きてください。
そうすれば、日本人の心と日本のやり方を、より深く理解できるようになるでしょう。

バスケットボール:カナダ人によって発明され、日本で磨かれたスポーツ

バスケットボール:カナダ人によって発明され、日本で磨かれたスポーツ

バスケットボール:カナダ人によって発明され、日本で磨かれたスポーツ

バスケットボール:カナダ人によって発明され、日本で磨かれたスポーツ

NBAドラフトにて、ワシントンウィザードから第1ラウンドで指名され、日本人として初めてこの快挙を勝ち取ったバスケットボール選手が現れたため、日本ではかなりの反響がありました。

日本人の母親麻紀子さんと、ベナン人の父親によって日本で育てられた八村塁にとって、そして日本という国にとっても、この快挙は非常に重要な節目でしょう。日本は98%同人種であり、比較的最近まで、一般的な移民に対して様々な意味で閉鎖的だったことを心に留めて下さい。

この若者は、東京から約300km離れた宮城県仙台市の高校を卒業しました。

一般的に日本では二つの別の人種の親から生まれた子供を「ハーフ」と呼びますが、私は「混合複合ハイブリッド」と呼んでいます。この混合複合ハイブリッドの若者が直面した課題のいくつかを想像することができます。「半分」と呼ぶことは、人種差別主義者が混血の人々を「半分の品種」と呼ぶと連想させます。しかしながら、多くの日本人はそのような言葉の意味を理解せずに使用しています。

私の息子も混合複合ハイブリッドです。彼が幼稚園に通っていた時には、たくさんの友達がいたのをよく覚えています。子供というものは、生まれつき偏見を持って生まれてくる訳ではないという事は皆さんご存知でしょう。その当時、私の息子は全ての友人とうまくやっていましたし、彼の友達の誰もがこの普通の子供について特段気にしていなかたのです。しかしその後、小学校3年生で私達家族の引っ越しのため転校し、日本のこの厄介な側面にぶち当たったのでした。

私は妻に、息子が最初の小学校にとどまることを提案しました。なぜなら、この転校が彼の今までの全ての古い友人を奪い、日本の田舎の古い考えそのままに、新しい環境の人達は彼を「ハーフ」として扱い、そして偏見のトラブルが起きる事を予見したからです。

毎日運転して送り迎えの必要はありましたが、元の小学校はそれほど遠くなかったので、とにかく息子は友人のいる場所にとどまるべきだったのです。
妻は、彼女だけが考えるいくつかの理由で、トラブルの予測には見向きもせず、転校させたのでした。

言うまでもなく、いじめはすぐに始まりました。普通の楽しい9歳の子供のはずだった彼は、そうではない特殊な人間と見なされることに悩み、混乱しました。残念ながら、これらの偏見は田舎に深く根付いており、今日に至っています。

幸い、私の息子は極真空手に紫の帯を持っています。彼は数ヶ月間我慢しましたが、いじめを完全にやめさせるために最終的にこれらのスキルを使用しました。

もちろん極真空手を暴力に使った訳ではありません。強さを見せるためでした。

私達は、その非常に厳しい一年間の後、結局彼が元の学校に戻る事を決めました。

しかし中学校に入るとまた問題は起き、いじめの問題は更にエスカレートしました。日本人の父親とその息子、そして中学校の教頭と担任の教師が私の家に来たのです。

彼らは私の息子に謝罪をするために来たのでした。私の息子の腕に、たばこの火を押し付けたことを。私はその時謝罪を受け入れましたが、しかしこの種の最悪な行動を容認する事は、今回限りであるということを彼らに伝えました。

息子には、カナダの高校に行く選択肢を与えました。もちろん息子がこの選択肢を選んだのは、言うまでもありません。

辛い経験でしたが、彼はこの経験を彼の人格を定式化させたものとして理解して、現在、世界中にファンを持つ国際的に有名な音楽プロデューサーとDJになりました。私は私の息子に敬意を表します。

八村塁さんとご家族に、この記念すべき輝かしい成果と、ここまでの長い道のりをお祈り申し上げます。