日本のことわざの知恵

日本のことわざの知恵

日本のことわざの知恵

日本のことわざの知恵

ことわざは、それぞれの文化に根付いており、しばしば社会の哲学や、深い心理の源を表しています。

古くから伝わる日本文化は、その昔から、高度に洗練し続けてきたため、特に「ことわざ」が豊富にあるのが特徴です。

さらに、日本のことわざの豊かさは、神道、仏教、道教、禅宗の影響に由来していますが、これらの宗教は、キリスト教のような若くて未熟な宗教と比べて、哲学的にも深いと感じます。

より深いことわざは、すべての古い文化にも見られます。これは、人種や文化の違いも関わらず、人類の普遍性を表す明らかなサインです。

ここで、いくつかの日本のことわざと、その思考の語源をご紹介します。

(1) 実るほど頭を垂れる稲穂かな 

立派な人ほど謙虚である

稲が成長すると実がたわわになり、その実の重さで稲の穂(頭)が垂れ下がるので、立派な人ほど頭が低く、謙虚であることを意味しています。

私はある時、仲の良い医師である友人と、日本の田舎の美味しい刺身を出す料理屋で、カウンターに座っていました。すると私たちの横に、三人の男性が座ってきました。そして、お酒が進むにつれ、彼らと世間話をするようになりました。若い二人の男性は少し傲慢な感じがしましたが、年配の男性は謙虚な態度だったのです。会話の途中で名刺をもらうと、若い二人は下っ端の官僚で、もう一人の年配の男性は、この田舎町の市政の要職に就いている人物だと分かりました。三人が店を出た後、私の友人である医師が、この大切なことわざを教えてくれたのでした。結城先生、知恵と友情をありがとうございました。

Rice Stalk

(2) 七転び八起き

人生には浮き沈みがある

誰もが例外なく、人生の節目を経験するはずです。60代で、大手石油会社から訴えられ、家も含めて全ての物を失った父を見た私にとって、このことわざは、特別な意味を持っています。他人からは、その時の出来事は、私の父の人生の終わりに思えたかもしれませんが、父は立ち直り、ユーモアのセンスも忘れませんでした。ちなみに父は、2020年に無事、85歳の誕生日を迎えることができました。「父の帽子が数十年ぶりに日本に戻ってきた」についてはこちらをご覧ください。父は、かつて、貧困から抜け出し、私たち家族の豊かな暮らしのために、並外れた苦労をしてきました。挫折した後に、何をすればいいのかと悩んだ時には、もう一度立ち上がって自分のビジョンに向かって進むこと、それが人生を有意義なものにしてくれるのではないでしょうか。

Life's Ups and Downs

(3)千里の道も一歩から

どんなに遠い旅に出る時も、最初の一歩から始まる

何か新しい事をスタートするということが、一人生の一番の難関でしょう。目の前の道は不確かで、行き止まりや危険があちこちに潜んでいます。しかし、時には特別な経験、教師、無数の神々、聖人、天使たち、名も無い善意の人間が導いてくれるかもしれません。それでも尚、なぜ人は最初の一歩を踏み出せないのでしょうか?自分を信じ、未知の世界に一歩を踏み出す勇気を持つことこそが、人生の基本なのです。そうです、今日から第一歩を踏み出しましょう。

Every thousand mile journey starts with the first step

(4) 親孝行をしたいときに親は無し

子供が親に感謝の気持ちを持ち、親孝行しようと気づく頃には、親は亡くなってしまっている

日本人は、生まれながらにして義務を負っていますが、親孝行ほど重要な義務はありません。孔子の教えに根ざし、親を敬うことは非常に大切なことだと考えています。先人たちの苦労は想像することはできません。伝統を守りながら、先祖から受け継いだ、名誉や遺産を守る努力をしている一族は、とても尊いと思います。

filial piety

(5) 災いを転じて福となす

災いを逆手にとり、幸運に変える

日本は災害大国として知られています。台風(最近ではメガ台風とも呼ばれる)、火山の噴火、津波、頻繁に起こる地震を考えると、この不幸なレッテルを貼られても仕方がないのかもしれません。しかし日本人はすぐに復興に向け、ストイックに立ち直る民族であり、災害は人間の経験の中では当たり前のことだと受け入れてきたのです。私はいつも、日本人の災害時の団結力に、感銘を受けます。

Good Fortune

日本語には、哲学的で意味の深いことわざが無数にあります。その中に潜む教訓を体得すると、二度と戻れない別の次元の扉が開き、その日本語の奥深さが、他とは違う世界へと誘ってくれるでしょう。

言葉は概念である:正しい挨拶のマナー

言葉は概念である:正しい挨拶のマナー

言葉は概念である:正しい挨拶のマナー

言葉は概念である:正しい挨拶のマナー

日本の伝統的な礼儀作法とは、最も構造化された、洗練された振る舞いの一つであり続けています。日本人は幼児期から、決められたマナーでどのように振る舞えばよいのか、物理的にも口頭でも訓練されてきました。

日本人に植え付けられた礼儀作法の主な例として、赤ちゃんをどのように運ぶかということにまで及びます。「おんぶ紐」で赤ちゃんを背中に背負って、手を自由に使えるようにするのがその一つです。日本人はお辞儀をして挨拶をするので、赤ちゃんもお母さんの背中で一緒にお辞儀をするという、知らず知らずの内に重要な礼儀作法を行っているのです。

おんぶひも

適切な礼儀作法の訓練を受けているということは、日本人として当たり前のことなのです。

さらに、決められた礼儀を守らないことは、重大な過失として、永遠に社会から追放されることにもなりかねません。(追放されることの重大さについては、マスクの記事を読んでください

日本では昔から、挨拶に関する礼儀作法は、目上の人に対しては、特に気をつけなくてはなりませんでした。相手の階級が上がれば上がるほど、厳格な礼儀や行動が細かく決められ、強制されて来ました。それはもちろん現代でも変わりません。

日本に最初に訪れた西洋人は、一般的な日本人の自分への振る舞いが、まるで王族への対応の様だったと言っています。しかし、やや奇妙と思われるこの振る舞いは、日本人にとっては正しく、文化的には当たり前のことなのです。

Perry's Black Ship

日本の若者は、大人になってからも、この様な重要な文化的慣習を吸収する環境に置かれます。そして特に正式な場面では、伝統的な礼儀作法のほとんどが、今でも守られているのです。

もし日本に「馴染もう」と思っている西洋の方がいらっしゃいましたら、これらの重要な挨拶や、お正月や結婚式からお葬式まで、ビジネスの場で行われる正式な挨拶を学ばなければなりません。

これらの重要な社会的慣習を理解し、それを守ることが、日本人との関係をより深いものにするために、重要であることは言うまでもありません。

ましてや、このような日本の慣習に合わせて、適切な挨拶をすることで、自分自身の向上心を感じることもできるでしょう。

Proper Bowing Technique-02

交番

交番

交番

交番

警察と聞くと、まずどんなイメージが思い浮かびますか?

世界中で起きている最近の事件では、警察は一般市民の敵だと思ってしまうような光景をよく目にします。それは全ての国での話でしょうか?

私の住んでいるところは違うのです。

日本の至るところに、小さな近所の警察署「交番」は存在します。

交番-06

その小さな交番の建物には、日本全国、約6,000ヶ所に、制服を着た警察官が配置されています。

交番は地域の安全と平和につながる、地域警察活動の基盤となっています。

設されており、小さなコミュニティの中で親しみやすい存在となっています。

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交番の良いところは、地域の見守り、緊急時の対応、道案内など、市民との親密な交流ができることです。それが安全で平和なコミュニティ精神につながり、私が大人になってからも、この地に住み続けている大きな理由の一つとなっています。

現在の交番の起源は1874年に建てられたもので、警察官が常駐し、市民が様々な問題について、助けを求めることができる単純な箱のような建物でした。

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興味深いことに、2017年から、警視庁では観光客や外国人を助けるために、複数の言語を話す警察官を交番に配置しています。これは、日本が世界に開かれ、次第に外国人に親切な国になっていく中で、歓迎すべきグレードアップの一つでしょう。

交番-01

このコミュニティ・ポリス制度の成功は、インドネシア、ブラジル、ホンジュラスなど、他の国でも交番方式のコミュニティ・ポリス制度が実施されており、その他の国からも注目されています。

外国人が日本を訪れると、多くの人が日本の治安の良さに驚くでしょう。これは世界のどこにいても、調和のとれた社会と、平和なコミュニティのために必要な、コミュニティ・スタイルの取り締まりによるところが大きいのではないでしょうか。

交番-バナー

ボーナスストーリー:
私の海外から日本に来ている親愛なる友人は、ある日お昼ご飯を食べながら、少し飲み過ぎてしまいました。彼は車も人もほとんど通らない、細い山道を歩いて家に帰る途中、眠くなり、その道端に横たわり眠ってしまったのです。

気づき、地元の交番に電話をしました。やがて気さくなお巡りさんが、小型バイクに乗ってやってきました。そして寝ている外国人を起こし、起き上がらせると「安全のためにも道端で寝ないでくださいね」と優しく微笑みながら、彼を見送ってくれたのでした。

交番-04

言葉は概念である:顔

言葉は概念である:顔

言葉は概念である:顔

言葉は概念である/顔

日本の社会の重要な概念や、日本人にとっての、その意味を理解するには、多くの日本文化がそうであるように、意図と意識が必要す。

日本人との交流を成功させるためには、「顔」について深く理解し、相手の「顔」を守ることの重要性を理解することが、最も重要だと言わざるを得ません。

日本人は、侮辱や中傷に対して非常に敏感である傾向があり、西洋人なら気にしないようなことにも拘る傾向があります。

自分の名前や評判、さらには名誉を守るという事を、多くの西洋人は比較的あまり気にしない傾向にありますが、日本人はとても気にする人が多いと感じます。

Reputation Is Everything この文化的な要素は、近代(1945年以降)まで、日本人は個人主義や、自分を積極的に表現することが、一般的に許されていなかったという事実に基づいているようです。

それぞれの日本人が生まれた時から、社会の中で織り込まれている、社会的慣習であることを忘れてはいけません。

歴史的に見ても、日本人が持っていた数少ない意味のあるものの一つが「顔」であり、これは自分の評判を意味します。

つまり、日本人にとって「顔」を潰されるということは、当事者双方にとって、非常に深刻な状況を生み出していると言えます。

そして、家族の尊厳と名誉を守ることが、日本社会では非常に重要であることがわかります。

昔は、もし自分の「顔」が潰された場合、それに対し、公式的に苦情を訴える事が許されていただけでなく、多くの場合、仕返しをすることもできました。

日本の歴史を見れば、数え切れないほどの悪巧みと復讐の記録があります。

Samurai Sleight and Revenge
確かに「顔」と羞恥心は日本文化と密接に絡み合っており、今日でも日本人の生活に重要な役割を果たしているのです。

日本人を相手にするときには、どんな目的であれ「顔」という文化の重要な礼儀作法を、しっかりと心に留めておかなければなりません。

どうしても相手の「顔」を汚してしまうような状況を避けられないときは、事前に謝罪したり、相手が恥ずかしい思いをしないような場所で、静かに話し合ったりすることで、その影響を和らげることができます。

世界の他の国でも、日本のように「顔」を大切にする社会を見習って、人に恥をかかせないようにすることができるのではないでしょうか。

私達は、他人の「顔」を潰しながら社会を破壊し、不調和を無視するのではなく、この地球上のどこに住んでいようと、礼儀正しく社会を築き上げ、人々の間で調和を図る事が可能なのです。Let the other person save face

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言語は概念である:「義理」

言語は概念である:「義理」

言語は概念である:「義理」

言語は概念である:「義理」

「義理」の概念を理解することは、日本人のあり方を理解するということです。

すべての言語は、その言語を作った人の感情的、精神的、知的特性を反映したものなのです。言語は話し手のDNAに組み込まれているとも言えるでしょう。

本質的には、すべての言語は社会的な概念です。

古く、構造化され、排他的な社会とその言語であればあるほど、人々の態度や行動を根本的に支配する、文化的なニュアンスが具現化された表現や用語が多くなります。

日本には早くから儒教が伝わっており、孔子の思想は日本文化に大きな影響を与え、今日に至っています。

孔子の哲学の中で最も重要な考え方は、子供は親に、若者は年長者に、弟子は師匠に、そして全ての人は目上の人に義務を負うという概念です。

親、年長者、教師、上司などとの関係が自然に生まれ、「タテ社会」と呼ばれるようになった結果、人は生まれながらにして義務を負う事になるのです。

そのように自然に生まれた義務は、多くの強力な社会的、経済的、政治的制裁によって強制され、その結果、日本文化の中に深く浸透してきました。これらの義務を守ることは、今や日本人のDNAに焼き付けられていると言ってもいいでしょう。

Obligation Banner

興味深いことに、このような社会的制裁の中で最も強力なものは「恥」だと言えます。(日本社会での「恥と追放」についてはこちらをご覧ください)

現代に近づくにしたがって、日本人は恥をかかされることに敏感になり、恥を避けることが行動の中で最も重要な原則となりました。

現代の日本社会では、孔子が人々のために定めた古代からの義務は、少し減少してはいますが、今でも根強く残っており、社会的にも職業的にも、義務を負うという場面を目にすることができます。

日本社会では、相手が恥ずかしいと感じるような立場にさせない様に、気をつけなければなりません。

さらに「義理」や「義務」そしてこの複雑なタテ社会に関わる様々なことを、よく学んでみて下さい。日本社会をより深く理解することができるに違いありません。

Responsibility and Obligation

言葉は概念である:「さん」と「ミスター・ミセス・ミス」

言葉は概念である:「さん」と「ミスター・ミセス・ミス」

言葉は概念である:「さん」と「ミスター・ミセス・ミス」

言葉は概念である:「さん」と「ミスター・ミセス・ミス」

日本の社会的慣習の中には、慣れるまでに時間がかかることがほとんどですが、私には特に後味が悪い経験があります。

相手の名字や名前の後ろに敬語の「さん」を付けないという小さな不注意が、それほどまでに相手の怒りや不快な争いを引き起こすとは思いもしませんでした。たとえそれが私にとって「友好的」な意味があったとしても。

日本人が相手の名字や名前に敬語の「さん」を付けて呼ぶという古くからの習慣は、外国人にとっては些細なことのように見えるかもしれません。

しかし、外国人がこの非常に重要な社会的慣習についてどう思うかは、全く意味がありません。

誰かを名前で呼ぶ時に「さん」という敬語をつけることが、いかに絶対的で重要であるかという事を認識しなくてはなりません。

「さん」を付けて呼ぶこの習慣は、日本文化の中であまりにも自然に行われているため、敬語の本来の意味が無い様に感じる時もあります。

しかし公式な場で、後輩でも家族でも友人でもない相手に「さん」を付けづに呼んでしまうと、間違いなく礼儀知らずとみなされます。

また、親戚の人に対しても注意が必要です。

昔、前の妻の親戚の結婚パーティーに参列した際、年老いた妻の叔父ともっと仲良くなろうとして、彼の名前を呼び捨てで呼んでしまいました。もっと悪い事に、私は彼を姓ではなく、名前を呼び捨てで呼んだので、それはさらに彼のプライドを傷つけ、事態を悪化させました。

この「事件」は妻の家族内で大きな問題となり、それが忘れ去られるまでにはかなりの年月がかかりました。正直言って一旦浸透したダメージは、長い間回復することが難しかったのです。

全く悪気も無く「さん」という敬称を誤って省いただけなのに、なぜこの伝統的な農家の家でこれほどまでの騒動になってしまったのか、その当時の私には理解ができませんでした。

しかしもしかすると、この年老いた義理の叔父は戦時中に東京の上空から飛行機によって爆弾を落とした白人に対する記憶が偏見となり、その時まで根強く残っていたのかもしれません。

American War Planes Bombing Japan

この様な重要な礼儀を守らないと、日本人や日本文化を軽視しているとみなされることがある事を忘れないで下さい。

外国人の中には、ほぼ対等な立場にある同僚に「さん」を付けずに姓を名乗ってほしいと頼む人もいますし、非公式な場で呼び捨てにし合う日本人もいます。

しかし、ほとんどの日本人は「さん」を付けないことに違和感を感じ、どうしても「さん」を付けたがります。以前に経験した私の「事件」から時が経った今、私にはこの重要な社会的慣習を守る理由が明確になってきました。

これは私たち外国人が「バタ臭い野蛮人」と思われないよう、親愛なる読者の皆さんのためのアドバイスです。

全ての人が不幸にならないために、相手に必ず「さん」を付けて呼びましょう。

San-Mr. Mrs. Ms.Explanation