桜・日本人の心

桜・日本人の心

桜・日本人の心

桜・日本人の心

はい、愛読者の皆さん、またこの季節がやってきました。私たちの人生と同じ様にはかなく短い、それでいて美しく誇らしく咲く桜の木の下に集まり、私たちの人生についてお祝いをする季節ですね。

これは日本中で行われる、ただの大きなパーティーなのでは?と外国人は思うかもしれません。しかし実は、日本人にとって花見とは、より深い意味と意義を持っているのです。

桜が咲き始めた時、日本人は集まって、そのはかない桜の花と自分を重ね、これまでの一年間を振り返ります。地面に敷物を敷き、座って、食べて、飲んで、そして時には、雄大な桜の木の下で歌ったり踊ったりもします。

特に今年は、世界中で大変な問題が起きているため、2020年の私たちの旅は大きな意味を持つでしょう。

3月の下旬から4月の上旬にかけて、この美しい桜はほんの数日のうちに風にあおられて散ってしまいます。まるでその人生が終わるかのように。

それは今ここにいる親愛なる読者のあなたと私で過ごす、この時間も同じで、一生の内のほんの一瞬なのです。

1987年、私にとって初めての花見の時間は、人生の中で非常に深く有意義な経験の1つになりました。

わずか数か月前に日本に到着したばかりだった私の日本語は、恥ずかしながら、ほとんどゼロに等しいレベルだったのです。

なぜこの時の思い出が、私の生涯に渡って深く永遠に印象を残したかと言うと、ある素敵な日本人女性が「花見道」をさりげなく自然に私に伝えてくれたからなのです。

本当に多くの意味で深い日本人の心を見せてくれました。

このお見事な花見パーティーで、英語が話せない15人の日本人学生や友人の中、私はたった一人の外国人でした。

他のみんなは日本語を話し、しかし私には誰一人として話している言葉が理解できなかったのです。そのことを除いて(まさに酒池肉林!)私たちは皆、ゆったりとした時間を過ごしました。

もちろん、私にとっては別世界の特別な経験だったので、実はとても楽しんでいたのでした。

しかし突然、宴もたけなわの時、この素晴らしい女性は、校長先生のような大きな声で、そこにいるみんなに声をかけました。みんなは静かになり、神妙な面持ちになりました。「ほら、ここにいる彼は日本語が話せないでしょ。他のみんなは楽しんでいるけど、これではせっかく大切な外国人のゲストがかわいそうでしょう。今からみんなで英語で話しましょう」。

これが笑えない状況だったのは、そのことで楽しい時間が壊れてしまったことでした。二人くらいは英会話の初心者がいましたが、他の人は全く英語が話せなかったので、これは本当に深刻でした。

そして私はそれに対して誠意を持って言いました。「いいえそれは違います。ここは日本なので、私は日本語を学んで、これからはみなさんの母国語で話すようにします!」と宣言しました。

私がそう言ったことで、みんなは私に共感し、この花見パーティーは更に盛り上がったと思います。

その時まだ「おもてなし」の精神については知りませんでしたが、ここで私は、それをすでに経験していたのでした。

因みに「おもてなし」という言葉は英語に訳すことはできません。「ホスピタリティ」という言葉はありますが、かなりニュアンスが違うものです。「もてなし」は、日本のDNAに織り込まれ染み込んだ文化的慣習です。

是非日本に来て下さい。そうすれば「おもてなし」の本当の意味が分かるでしょう。

雛祭り-桃の節句

雛祭り-桃の節句

雛祭り-桃の節句

雛祭り-桃の節句

毎年3月の初めに、ここ日本では壮大な雛祭りが全国各地で開催されます。

 ご覧のように、日本の古代文化は近代に未だに残っており、現代も健在です。

雛祭りのメインというと雛人形を飾ることですが、男雛と女雛は天皇と皇后と考えても良いでしょう

飾られた人形の衣装は平安時代の皇室のものがモデルになっています。

これらの精巧に作られた雛壇飾りには、三人官女、五人囃子、右大臣、左大臣など、様々な人物の人形が配置されます。

これらの全体を雛飾りと呼びます。

雛飾りは一般的にかなり高価です。品質にもよりますが、五段飾りのセットで20万円から50万円くらいするでしょう。そしてまた、古い世代から家宝として受け継がれる場合もあります。

茨城県のような日本の一部の地域では、各家庭での競争となる時もあり、これらの雛飾りは最高で1,000万円以上の物もあります。

雛飾りの人形たちは一年のほとんどを押し入れで過ごし、女の子とその母親は3月3日の数日前に飾りつけをします。

男の子は雛祭りのお祝いには参加しません。なぜなら男の子は5月5日の端午の節句にお祝いをするのです。現在はこの日を子供の日と呼んでいます。男の子は雛飾りの代わりに、兜飾りや鯉のぼりを飾ります。時期が近くなりましたら、これについて詳しくお話ししたいと思います。

雛祭りの翌日にはひな人形を片付けなければいけません。それ以上遅くなると、娘の結婚が遅れるという迷信がありました。

歴史的には、人形はおもちゃとして使用されていましたが、現代では展示するだけの目的になっています。

雛祭りの当日あるいは前日、女の子は友達とパーティーを開きます。

代表的な食べ物には、雛あられ、ひし餅、桜餅、甘酒、ちらしずし、ハマグリの吸い物があります。ハマグリの貝殻は対になっているので、夫婦円満の縁起物と言われています。

さらに喜ばしい楽しいことには、全国各地で開催される「流し雛」という催しがあることです。

参加者は藁や紙でできた人形を作り、船に乗せて川に流します。これは流した人の魂の汚れや罪を流すということになります。この儀式は神道のようだと思うかもしれませんが、このような催事のほとんどが日本道すなわち神道の下に行われているのです。

この素晴らしい雛壇をご覧ください。

もしこの時期に、この日出る国にお越しいただけましたら、日本全国でこのような貴重で特別な芸術作品をご覧いただけます。

言霊

言霊

言霊

言霊

バタ臭い西洋人の私がよく考えもせずに、あまり良くない言葉を発した時、私の知恵深い妻に度々注意されます。

Swear Words

彼女はその時にいつも「言霊」が思い浮かぶと言います。

もちろん、私たちが発する言葉にはパワーがあるということはご存知かとは思いますが、それが良い意味の時にはもちろん、悪意が籠っている時はさらに強力なものになります。

例えばあなたが誓いの言葉を言うことで、誰かと二人の幸せな人生を約束することができます。

その一方で、軽率な言葉は誰かの心を壊し、二度と立ち直れないくらいの傷を残すことも可能なのです。

私にとって更に問題なのは、日本語はとても深く、パワーのある言語なので、別の言語を話す時に一番難しいと思うのが日本語なのです。

ここ日本は非常に厳しい縦社会です。例えばある人を呼び捨てにしてしまったり、役職を読み間違えたり、言葉遣いを誤ったりすることがあると思います。大したことがないように思われるかもしれませんが、これが大きな問題となり、後々まで大きなトラウマになるのです。

trauma

時々愛しの妻は私に「一言多い」または「必要のないことを言っている」と言います。そしてよくよく自分が言った事を考えてみると、大方彼女が正しいです。

日本語が非常に面白いのは、日本人はなるべく完結に話す事を美徳としています。これは数百世紀前の、口が軽い人間が一瞬で自分の首を切り落とされるという歴史から、DNAに書き込まれているのです。

私はこのような日本のコミュニケーションについて「以心伝心」「日本人のテレパシー」というブログを書きました。これらのブログの投稿は日本人の言葉によらないコミュニケーションについて解説しています。

Telepathy

さらに、「言霊のさきわう国」「言葉の精神力が人生に幸せをもたらす」という興味深いフレーズがあります。

毎日このような言葉の力を思い出しましょう。私たちはみな地球に住む人類として、「言霊」を忘れずに、良い事を普及しながら生きていくことが大切だと思います。

節分

節分

節分

節分

節分とは日本の春の始まりの前日であり、中国から八世紀に日本に伝わりました。

節分の意味は、季節を分けるという意味で、春の節分の行事は二月三日に行われます。

中国の古い暦ではこの日が元旦となっていたので、前年の全ての悪を一掃し、病気を追い払う特別な儀式が行われていたのです。

この特別な儀式は、「豆まき」と呼ばれます。

豆まきの風習は室町時代から始まりました。

人々は炒った大豆(福豆)を、「鬼は外! 福は内!」と大きな声で合唱しながら、奥外や、鬼の面を着けている人に投げつけ、そして家の扉を勢いよく閉めます。

これは一般の家庭で行われる風習ですが、それ以外にも、多くの人々は神社やお寺で行われる節分の行事にも参加します。私の家の近くの成田山新勝寺では、有名な力士や芸能人などが寺の境内から豆まきをするため、一般の人たちはこの時に撒かれる豆や菓子などを掴み取り、縁起物として持ち帰ります。

この豆は、不幸や悪い病気をもたらす悪霊を追い払う言い伝えがあり、家を浄化する象徴と考えられています。 そして運気を上げるため、地域によって多少異なりますが、炒った大豆を一年に一回、この節分に、自分の年の数と、そして次の一年に幸運をもたらすために、もう一粒を食べるのが習慣です。

二月三日に豆を投げ、悪霊を追い払い、幸運を取り込んで、その後の一年を祝います。
それでは皆さん、毎年二月三日には豆まきをし、不運を追い払い、幸運を取り入れ、素晴らしい一年を!

側高神社ひげなで祭

側高神社ひげなで祭

側高神社ひげなで祭

側高神社ひげなで祭

毎年私たちの家の近くの神社では、奇妙なまでの変わった歴史的な祭りがあります。それはで行われます。

この神社は紀元前660年に神武天皇が即位して18年目に設立されました。神武天皇は、我々の大切な太陽の女神アマテラス大神の子孫というだけでなく、嵐の神スサノオノミコトの子孫とも言われています。

すごいと思いませんか?これは2,532年も前のことになります。

ひげなで祭りというこの珍しい祭りは、毎年1月の第2日曜日に開催されます。y.

この祭りは、口ひげを生やしていた鎌倉時代(1185年-1333年)の偉大な武士、源頼朝を称えるために始められました。源頼朝は、鎌倉幕府の創始者であり最初の将軍でした。彼は1192年から1199年まで統治しました。

さて、このひげなで祭りとはどんな祭りなのでしょう?チームは二手に分かれて競います。これら2つのチームの内の一方が偽物のひげを鼻下に付けます。

そして両チームによって、お椀になみなみと注がれた日本酒をたくさん飲むコンテストが始まります。

どちらかのチームがリタイアするまで、参加者の男性たちは、7〜8杯まで飲んでしまう人もいます。

この女性たちは私に甘酒をサービスしてくれました。

以下の動画では進行役の男性が、「5杯目が注がれます」と言っています。

是非1月の第2日曜日にこのLand Of The Rising Sonにおいで下さい。そして日本でのお見事でユニークな体験の1つとして、この素晴らしい光景をお楽しみください。

初めての皇居訪問

初めての皇居訪問

初めての皇居訪問

初めての皇居訪問

私たちはおそらく一生に一度経験できるかできないかの体験をしました。皇居を訪れ、「大嘗祭」として知られるこの珍しい祭りごとのみのために組み立てられた、お見事な建物を見ることができたのです。何百年も前からの伝統ある儀式ですが、これらの構造物は昨年即位された、徳仁天皇のために作られました。

これらの素晴らしい建物は、神道の大工によって建設され、最も重要な神聖な儀式の一つとして、日本人の生き方の基礎と考えて良いでしょう。

忘れないでください。徳仁天皇は神道の最高峰であり、日本人の平和と団結の象徴として存在しています。

日本人の健康、平和、繁栄を長きに渡り守って下さる徳仁天皇と雅子皇后にご多幸をお祈りいたします。