
違う太鼓の響き
良くも悪くも、人とは違う太鼓の響きに合わせて歩む人々こそ、世界を変えることが多い。
生物学的に見れば、人間は社会的な生き物だ。
どこかに属したいという願いは弱さではない。それは、人間の最も深く、広く行き渡った動機の一つである。
だが、つながりを持つことと、周囲に同調することは同じではない。前者は人と人を結び、後者は内なる声を黙らせてしまうことがある。
日本の歴史は、同調することに特有の重みを与えてきた。厳格な身分、家の務め、連帯責任、そして厳罰によって社会が律されていた時代、人と異なる道を選ぶことは、自分だけでなく、家族や近隣の人々まで危険にさらしかねなかった。命令に背けば、地位や生計を、時には命さえ失うことがあった。

その歴史は、目立たず、生まれや境遇によって与えられた役割を果たすことを、身に迫るほど切実な動機にした。
かつては、それがより安全な道であることも多かった。残る命令が「言われたとおりにしなさい」の一つだけなら、人生は単純に見える。
時代は変わる。
それこそが、流れの本質だ。
厳しい同調の枠を越える入口は、かつてないほど身近になった。それでも、その入口はどこか不思議で、謎めいてさえいる。境を越えようとする勇気ある人は、まだ少ないからだ。

なぜだろう。
皆と意見が一致することには、安らぎがあるからだ。
それは確信を与え、受け入れられる感覚を与え、出来合いの自己像を与えてくれる。
日本でも、ほかの国々でも、集団が組み立てた現実は、まだ地図のない自己の現実より安全に感じられることがある。その内なる未踏の地では、Seityの声に耳を澄ませなければならない。
だが、現代の日本は、過去の秩序を繰り返すしかないわけではない。
受け継いだ型を生かしながら、一人ひとりがその内側から新しい現実を築ける未来へと進むことができる。Seityの声は、その型を壊すことを求めない。型が何へと育っていけるのかを、自ら見いだすよう誘うのだ。

だから未来は、どこかに属することと、自由であることの意味との二者択一を、私たちに迫る必要はない。
改善の精神は、その一つのモデルを示している。変革とは無謀な断絶ではなく、自己と仕組みの双方を、絶えずより良くしていくことなのだ。
日本の先見者たちは、その原理を産業の現実の先へ、文化そのものへと広げていける。生まれつつあるこの日本的ミームの量子場の中で、新たな在り方を形づくることができる。
そこから、日本ならではの統合の無限の可能性が開かれる。強靱な個と、集団が一つになる力との融合。文明一と文明二が共鳴し、文明三を生み出すのだ。

自分自身の太鼓の響きを聴き取り、太陽を追いながら、現実となる運命へと進むには、何が必要なのだろう。
このストーリーボードの中では、その答えはSeityの神秘と、守護する神々の意志にある。
だからこそ、この物語には、日本で深い共鳴を生む可能性がある。個性を、つながりからの逃避ではなく、日本という現実の場の内側で果たす神聖な責任として捉えるからだ。
日本の伝統は長く、大和の地を神国――神々に守られた国――として思い描いてきた。
その考えは「永遠の昔から」変わらず伝わってきたものではない。歴史の中で形づくられてきたものだ。

このストーリーボードの神話の中では、それは生きた誘いとなる。家族の系譜を通して響く太鼓を聴き、より大きな祖先の樹の一本の枝として、Seityとともに歩むのだ。
だが、日本に限らず、多くの人々が家族や祖先、そして自らの内なる声から遠ざかってしまう。
自分の内側から湧き上がるものを聴けなくなると、その日の命令や、上から絶え間なく発せられる宣言、あるいは群衆の判断に、自分の進む方向を委ねてしまう。

やがて群れは、単なるよりどころではなく、その人の自己そのものになっていく。
人とは違う太鼓の響きに合わせて歩むとは、M・スコット・ペックの言う、人のあまり通らない道を行くことだ。
道が分かれるたびに、楽な道か、困難な道かを、あらためて選ばなければならない。
困難な道は、困難であるというだけで価値を持つわけではない。その価値は、そこで求められる鍛錬、責任、真実、そして成長にある。
太鼓の響きがはっきり聴こえたとき、自分の軌道は変わる。それとともに、「Kagami Crystal Clarity」を通して見える世界も変わるのだ。

各務鑛三は、そのような響きを聴いた。
日本に近代的なクリスタル工芸がまだ根づいていなかった1927年、彼は銅輪彫刻を学ぶため、ドイツへ渡った。
帰国した彼が目指したのは、ヨーロッパの模倣ではなかった。学んだものを、日本ならではの光の言語へと翻訳することだった。
1934年、彼はクリスタルガラスを専門とする、日本初の一貫生産工場を設立した。
彼の独自性は、反抗そのものを目的としたものではない。模倣の先へと進んだ熟達だった。
人とは違う太鼓の響きを聴く人々は、あらゆる場所にいる。芸術家や職人、科学者や教師、異議を唱える人や創業者、発明家や起業家の中にも。
分野は違っていても、誰もが、まだ群衆には聴こえていないリズムに耳を澄ませてきた。その、まだ聴こえていないリズムこそ、Seityの声なのだ。

人とは違う太鼓の響きに合わせて歩むと、ほかの人々が不安を、時には疑いさえ抱くことが多い。
同調しない人は、今ある秩序が唯一必然のものではないと示してしまう。その気づきは、その秩序を頼りにしている人々を動揺させることがある。
Seityに導かれながら、自分らしさを守り、並外れたものを生み出す人々は、こうした厳しい現実に直面する。

カナダの「白き北の大地」、ブリティッシュコロンビア州の小さな町で育った私は、自分自身のリズムで歩む人々を見てきた。
私たちの近所は、生きたモザイクだった。一人ひとりが、自分ならではの装い、自分ならではの物語、そして自分ならではの貢献を携え、あの白き北の大地で、かつて私たちがともに築いた共同体を形づくっていた。
その教訓を教えてくれたのは、実にさまざまな人たちだった。近所に住んでいた中学校の校長先生。そして、自らの信条に従って自由に暮らしていた、隣の家のヒッピー。
見た目はこれ以上ないほど違っていた。それでも二人は、同じ共同体に属していた。社会の結びつきに必要なのは、同じであることではなく、調和なのだと、私は二人から学んだ。

ところが1987年に日本へ来たとき、学校の厳しい服装規定と、ほとんど一様な黒髪によって、同調の姿がすぐ目に見えるものとなった。
すべての社会が、自分を育てた社会に似ているわけではない。その発見は衝撃だった。
だが時がたつにつれ、日本に個性がないのではないと分かってきた。個性はしばしば、型、秩序、手順の内側で表れていた。熟達、変化、細部、そして型を越えて新たな軌道を示す、その瞬間を的確に選ぶことを通して。
だから、次の一歩は、社会を捨てることでも、その中に埋没することでもない。
価値ある一市民として社会に参加しながら、自分自身の太鼓の響きに合わせて歩むことだ。
その響きは内なる声。そして私たちは、彼女の名を知った――Seity。
彼女は、守護する神々と呼応して働く。この、より深い真実に気づくことが、自らを自由にする始まりとなる。

だから、携帯電話を置き、テレビを消すことを恐れなくていい。
この音楽は、騒音にかき消されながら聴くためのものではない。そして、あなたは一人ではない。

人とは違う太鼓の響きに合わせて歩む人々は、この驚くべき時代を動かし、揺さぶり、ルネサンスを生み出す人になり得る。
あなたも、自分の軌道を変えられる。
それでもまだ疑うなら、自分の心と魂を見つめ、セイティに直接、尋ねてみよう。



