古代の道

古代の道

古代の道

古代の道

八雲は、すべての文明の黎明期はカルトであり、それを経て初めて宗教に変わると考えていました。

日本人に、あなたの信仰する「宗教」とは何ですかと尋ねたら、ほとんどの人が「私は無宗教です。」と答えるでしょう。

かつての日本人には「宗教」が無く、今でもそうだと私は考えます。

日本人には、何千年にも渡って今日まで続いてきた土着の生活様式があり、それを他の国の人から「宗教」と決めつけられてきたのです。

The Japanese Do Not Label You - Land Of The Rising Son - Japan, An Attempt At Interpretation - Patrick Lafcadio Hearn

実際、日本の社会は、他の文明社会にもあるように、「祖先崇拝」という共通のテーマの上に成り立っています。

神道は、昔から日本の道を表す言葉として使われていたわけではなく、神道(神の道)と仏教(仏の道)を区別するために生まれたものです。

神道には、日本社会の基盤となる純日本的な3つの段階に分かれます。

家庭
地域社会
国家

神道の進化の順序としては、家庭から始まり、地域社会、国家と発展しました。

家庭での神道の初期の段階では、墓場でのみ儀式が不定期に行われており、これは日本の儀式の最も古い形で、日本の道の黎明期でした。

Ancient Japanese tea ceremony - Land Of The Rising Son

日本の集落には数百から数千の世帯があり、8世紀頃には死者のための位牌が導入され確立されたと考えられます。

すべての宗教の根源である祖先崇拝は、死者の魂を概念的に信じる認知能力を持っていたことから始まりました。

そしてこの原始的とも言える先祖崇拝では、例えばキリスト教のキリストの様な最高神を崇めるのではなく、神も霊魂も平等であると考えられていました。

Yokai- Ghosts & Demons of Japan - Land Of The Rising Son

したがって、将来の永遠の報いや罰、影の冥界(地獄)や至福の天上の楽園(天国)といった、後世で発展してきた様な信仰もでありませんでした。

本当に日本の神話では、ギリシャ神話の天国エリュシオンや、地獄のタルタロスの様な考えはなく、天国や地獄という概念も生まれていませんでした。

西洋の原始時代の祖先崇拝と同様に、初期の日本人は死者を光と至福の世界に昇天するか、苦悩の世界に落ちるという、どちらの概念もありませんでした。

Buddhist heaven and hell - Land Of The Rising Son

日本では、人は死んでも尚、まだこの世に残っていると考えられていました。少なくとも、生きている人間と死者はコミュニケーションをとっていました。そして今でもそれは変わりません。

死者の霊魂は常に存在するものと考えられており、何らかの方法で生者の喜びや苦しみを共有することができると考えられていました。 

死者の魂に供物を供えると、その見返りとして、生者は利益を与えられました。

神棚 - 石崎家具店- Land Of The Rising Son

死者の体は土に帰りますが、その霊魂の力はまだこの世界に残っていて、風や水の中を移動し、現世のご馳走を楽しんでいるのです。 

日本人は死後、神秘的な力を得て、「優れたもの」である神になるのです。

悪人も善人と同様に神となり、どちらも神となるので、誰しもが位の高い人間である必要はありません。

香取神宮 - Land Of The Rising Son

すべての宗教的な犠牲の歴史は、古代の霊魂への供物の習慣にまで遡ることができます。

かつてのインド・アーリア人全体も、ただ精霊の魂という宗教しか持っていなかったのです。 

祖先崇拝は、人類の先進社会のどこかでも行われていたのです。

祖先崇拝のプロトコルと、近代の洗練された文明とが共存すること、まさにそれが今、日本に求められているのです。 

ここでは、どこの国で生まれた「宗教」であっても、祖先崇拝に貫かれている3つの基本的な考え方を紹介します。

Japanese Mythology- Izanami and Izanagi - Land Of The Rising Son

1: 死者はこの世に残り、自分の墓や、かつての家に出没し、生きている子孫の人生に目に見えない形で関わる。

2: すべての死者は、超自然的な力を得るという意味では神になるが、生前の自分を特徴づける個性を保持しているのである。

3: 死者は、生者が彼らに敬意を払って崇拝するすることで存在の意味をなし、また生者は死者に敬虔な義務を果たすことで幸福になれる。

Terrifying Japanese ghosts to haunt your dreams- Land Of The Rising Son

これらの初期の信仰に、後に発展したものとして、次の2つの宗派を加えることができます。

それは日本人の固有の祖先崇拝プロトコルの進化に、多大な影響を与えたと考えることができます。

4: 善も悪も、豊作も豊漁も、洪水も飢饉も、天変地異も高波も地震も、この世のあらゆる出来事は死者の仕業である。

5: 人間の行動の善し悪しは、すべて死者に支配されている。

- Land Of The Rising Son

前半の3つの信仰は、文明の黎明期、あるいはそれ以前に、死者が力の区別なく、単なる神々であったという時代から存続しているという解釈です。

後半の2つは、原始的な霊魂崇拝のプロトコルから、真の神話、巨大な多神教が発展した時代のものと思われます。 

Traveller's Guardian Deity  - Land Of The Rising Son

日本の祖先崇拝は、過去2000年の間に様々な変化を遂げてきましたが、行動に関する本質的な性格と社会の全体的な枠組みは、日本社会が構築される道徳的な基盤であり続けているため、祖先崇拝の上に成り立っています。

日本社会のほとんどすべてのものは、直接的または間接的にこの古代の崇拝プロトコルに由来しており、すべての事柄において、生者ではなく死者が日本の支配者であり、日本の運命を決定する者であると言えます。

日本 その解釈の試み
1904初版
パトリック・ラフカディオ・ハーン

天照大神様 - Land Of The Rising Son

奇妙さと魅力

奇妙さと魅力

奇妙さと魅力

奇妙さと魅力

八雲の親友の一人が彼に言いました。

「日本に住み、これから45年経っても日本人をまったく理解できないと悟った時、その時から何かを知り始めるだろう。」

明治時代の日本人が、西洋人の八雲に言ったこの鋭い言葉は、今も当時と同じように、私の心にも残っています。

八雲は1904926日に亡くなるまでの14年間を日本で過ごしました。

彼はその間に「解釈の試み」を見事に成功させ、明治維新の日本社会を垣間見ることができたのです。

「日本を初めて知った時、それは異質で、言葉では言い表せない奇妙な興奮に似た感覚が湧き起こる。全く見知らぬものを認識した時にのみ訪れる、奇妙な感覚である。」

The Annotated Glimpses of Unfamiliar Japan by Lafcadio ... The Annotated Glimpses of Unfamiliar Japan by Lafcadio Hearn

確かに、この奇妙な感覚は、初めて日本に入国して異次元に足を踏み入れ、その後もずっと私達を包み込み続けます。

「奇妙な形の着物や草履を身に付けた、奇妙な小人のいる、奇妙な小路を進んで行くと、男女の区別がほとんどつかなくなる。」

Vintage- Japan in the late XIX Century - Meiji era

「想像を絶する食材、謎めいた形の調理器具、神や悪魔の伝説由来の奇妙な仮面や玩具。」

日本仮面歴史館 福福和神面

現代は、デジタル革命のおかげで、世界のどこにいても、自分のお気に入りの椅子に座って日本の姿を見ることができるようになりました。

日本文化の魅力を視覚的、聴覚的に楽しむことが可能です。

しかし、どれだけ視覚的、聴覚的に楽しめたとしても、日本の本質を真に理解するには、実際に日本に来て、日本の「空気」を吸い、自分自身の精神と魂で日本を感じることが必要です。

Japanese girls wearing kimono

「看板や掛け軸、行き交う人々の背中の文字にまで、至る所に美しい漢字が見られ、それらの文字の妙技が、この光景の主役となっている。」

Japanese Street in the Meiji Era

確かに、この国に浸透している中国由来の表意文字の複雑さが、ここ日本で体験する異世界の魅力をさらに高めているのです。

実際に、日本語を読めなかった私が、この複雑で壮大な表意文字を理解し、吸収するために一生を捧げることは、最も困難な人生の課題の一つでした。

Daily Practice Example - Land Of The Rising Son

八雲は、非日常的、超現実性な日本に思いを馳せながら、次のように述べています。

「技巧の繊細な完成度、物の軽やかな強さと優美さ、最小限の素材で最良の結果を得ようとする顕在的な力、可能な限り単純な手段で機械的な目的を達成すること、不規則性を美的価値として理解すること、すべての物の形と完璧な味わい、色合いや色の調和に示された感覚。」

Japanese Basket Merchant Meiji

「これらのことから、私たち西欧人は、芸術や味覚だけでなく、経済や実用性の面でも、この遠い文明から学ぶべきことがたくさんあると、すぐに納得できるはずです。」

Japan in the late 19th Century Meiji

日本人は、この文化から発展して、礼節と調和の望ましい模範となる現代社会を作り上げたのです。

八雲は英語、ギリシャ語、日本語を話し、英語と日本語の違いについて次のように述べています。

「彼らの普段の会話を西洋の言葉に翻訳したとしても、どれも絶望的なほど無意味である。」

Miscommunication - A Case of Mistaken Identity

「日本語の辞書に載っているすべての言葉を覚えても、まるで自分が日本人であるかの様に考えることを身につけなければ、会話を成り立たせる事は難しい。」

Find Your Ikigai

意味のある言語を文化的に理解する秘訣は、日本語で考え、概念化できるかどうかにかかっています。

それができた時初めて、暗黙の社会的慣習とプロトコルが存在する「空気」を読むことができるようになります。

Hark Back to Meiji-Era Japan

日本人は、調和を義務付ける厳格な法律と社会的礼儀作法の下で進化してきました。

明治維新の改革前の徳川幕府の時代、何世紀にもわたって世界から孤立していた日本人の生活は、特に厳しかったでしょう。

日本人の根深い社会的礼儀は、今日でも日本人同士が相互に交流し、行動する方法を特徴づけ続けています。

「誰もが幸せそうな表情と心地よい言葉で周りの人に挨拶し、いつも笑顔で、日常生活の最も一般的な出来事は、教えられなくても心から直接湧き出るように見えるほど、芸術的で完璧な礼儀によって一度に変貌する。」

Japanese Bowing To Each Other

日本の犯罪率は先進国で最も低く(こちらを参照)、法律に違反した場合、それに伴う刑罰は厳しくなります

日本には死刑制度という最高刑が未だに残っており、そしてこの制度に反対の人間ばかりではない事を覚えておいて下さい。

歴史的に、日本人は死を西洋人とは異なった概念を持っています。人が調和を乱し、社会的慣習に違反し、それが著しく社会の規律を破る行為だった時、究極の刑罰が待っているのです。

「私は何百年もの間、窃盗事件が起きていない国に住んでいる。」

「明治に建てられたばかりの刑務所が 、空っぽで役に立たない。」

「どこの家庭でも、昼夜問わず玄関の鍵を開けたままの国。」

「日本において、見知らぬ外国人への親切は、まるで政府からの命令に等しい。」

「しかし、これらの人々の善意をどう説明するのか?

「他人への厳しさ、無礼、不誠実が無く、そして法律を犯す者もいない社会。この状況が何世紀も続いていたと知った時、私は紛れもなく道徳的に優れた人類の領域に入ったのだと信じたくなる。」

「このような状況に遅れをとったり、異教徒として糾弾されるのを聞いて憤りを感じずにはいられない。」

Maikos in the Meiji era, Japan 1868-1912

なぜ八雲は、日本の重層的な社会を感じ、命の概念をはかないものと認識し、日本を深く体験することができたでしょうか。

八雲はまた、祖先が神になることで幽霊の存在を深く感じ、すべてのものに命が宿っていると考えていました。

あらゆる物に宿る命。それを日本では「万物」と呼んでます。

Kwaidan Ghost Stories and Strange Tales of Old Japan ... Kwaidan Ghost Stories and Strange Tales of Old Japan

「日本に来た私がなぜ幸運なのか。それは、おとぎの国に入り込み、永遠にその観客でいられるからだ。」

「私は自分の世紀から、滅びた時代の巨大な空間を越えて、忘れられた時代、消し去られた時代に連れてこられた。」

「古い日本の、はるかに古びた文明は、美的・道徳的な文化として、我々の驚きと賞賛に値する。」

「浅はかな心だけが、非常に浅はかな心を持った人間だけが、その最高の文化を劣ったものとみなす。」

「しかし、日本の文明は、おそらく西洋にはない独特のものである。それは、単純な土着の基盤の上に、異質な文化が何層にも連続して重なり、まさに複雑で困惑した光景を呈しているからである。」

日本という国は、今もなお、新しい現実の層を重ね続けています。

太古の時代の古代文明を、何層にも重ね、現代の今も重それは続いているのです。

日本 その解釈の試み
1904初版
パトリック・ラフカディオ・ハーン

ラフカディオ・ハーン – 小泉八雲

ラフカディオ・ハーン – 小泉八雲

ラフカディオ・ハーン – 小泉八雲

ラフカディオ・ハーン – 小泉八雲

ラフカディオ・ハーンと聞くと日本人にとって、「耳なし芳一」を物語にした小泉八雲という名で有名ですが、彼の歴史について知っている人は、日本人でも数少ないでしょう。

しかしながら八雲は、彼が終生暮らした日本の明治時代の最も重要な歴史上の人物の一人と言えるでしょう。

Lafcadio HearnPortrait 1889

八雲は日本に深く興味を持ち、彼の作品全体にその影響を与えました。その為、いち早く日本文化を西洋に紹介した開拓者と見なされています。

ラフカディオ・ハーンは1890年に日本に到着後、バジル・ホール・チェンバレンという人物に出会ったおかげで、島根県松江市の教師になりました。チェンバレンもまた、明治時代の重要人物の一人です。

島根県の地図

島根県松江市

そしてラフカディオ・ハーンはこの土地で日本文化に没頭することになるのです。

日本は250年の鎖国の後、開国を余儀なくされたばかりでした。そして1868年に終わった、異次元とも言える徳川幕府の厳しい統治の社会が、二世紀にも渡り、どの様なものだったのかが、ラフカディオ・ハーンの手により世界に明らかになりました。

1896年、日本のそのような状況下で、ラフカディオ・ハーンは地元の武家の娘である小泉せつ子と結婚し、日本国籍を取得して小泉八雲と名乗ります。

Lafcadio Hearn with Setsu

1800年代に世界を旅することは、かなり難しい時代だったので、八雲のように日本文化に深く夢中になっている外国人は珍しかった事でしょう。

実際に、100年以上前の日本に生きていた八雲のおかげで、私たちは当時の日本の異常なまでの社会を、より深く理解することができるのです。

八雲は1894年に彼の最初の日本に関する本である「知られぬ日本の面影」を出版しました。 

Glimpses of Unfamiliar Japan Volumes I and II Lafcadio ... Glimpses of Unfamiliar Japan Volumes I and II Lafcadio Hearn

日本文化に関するトピックについて書かれた彼の他の本の中には、1896年に出版されたKokoro: Hints and Echoes of Japanese Inner Life、1899年にリリースされた “Japanese Fairy Tales”、そして 1903年に出版され、その後映画化された魅力的で面白い “Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things”があります。

Kwaidan- Stories and Studies of Strange Things by Lafcadio

そして八雲の最も重要な作品の一つは、彼の深い洞察に満ちた本でした。「神国日本」です。

1904年に出版された、この素晴らしいストーリーテラーの目を通した昔の日本を見る事は、本当に驚くべきことです。

この本では、明治維新の過程で日本社会を生き生きと感じ、日本人のあり方に対する意識と感受性を深めています。

日本:「神国日本」購読はこちら

Japan, an attempt at interpretation

新宿に行く機会がありましたら、小泉八雲記念公園をぜひ訪れて下さい。八雲の胸像と彼の才能と業績を記念する素晴らしい庭園があります。

小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)は1904年9月26日に亡くなり、東京都豊島区にある雑司ヶ谷霊園に、今でも眠っています。

Lafcadio Hearn Bust

右脳・左脳 – パート5

右脳・左脳 – パート5

右脳・左脳 – パート5

右脳・左脳 – パート5

日本人の重要な文化的特性として、理性よりも直感を優先させるという事があります。

日本人の歴史の中には、個人や集団、さらには国家の運命を左右するような事件が数多くありますが、それらの重大な決断は、理性ではなく直感に基づいて行われていたと言えます。

intuition versus logic

ましてや地位が高く、権力を持っている人ほど、直感に頼ることが多かったのではないでしょうか。

ソニー井深大(いぶか まさる)と盛田昭夫(もりた あきお)は、家電製品の未来を予見していました。

ほとんどの家電は、元々アメリカで発明されたものですが、日本に輸入された時、技術を直感的に未来に向けて再構築するという、日本人の生来の能力が発揮されるのです。

Are you KY

トランジスタ式放送用ラジオ受信機は、まだ始まったばかりの日本の家電業界に対する、その後の直感の対象となりました。

この作品とも言える家電は、ソニーのおかげで広く家電業界にトランジスタの可能性を知らしめることができたのです。

史上最強のアイスホッケー選手、ウェイン・グレツキー(これも並外れた直観力の持ち主)はこう言っています。

I skate to where the puck is going to be, not to where it has been

「パックがどこに行ったかではなく、どこに向かうのか。」→ パックとは?

この不朽の名言を常に心に留めておけば、直感で未来を見通すこともできるようになるでしょう。

私の日本においての人生の中で、最も早い時期に学んだ特別な言葉があります。

腹芸

しかし、若い人たちとの会話で「腹芸」と言っても通じないかもしれません。日本のミッキーマウス化の影響もあって、この文化的に重要なコミュニケーションツールがどんどん薄れていっているような気がします。

あなたは「直感 」というものを感じたことがありますか?

もし感じた事があるのでしたら、その感覚を思い出して下さい。

「直感 」により、この不思議な日本のコミュニケーション・プロトコルに同調し、日本のコミュニケーションにおける直感の重要性を理解する事で、高いレベルで日本人と関係を持つことができるのです。

「腹芸」とは、文化的テレパシーであり、共通の知識や経験に基づいて人々の間でコミュニケーションをとることができるということです。 

Interesting Facts About The Land Of The Rising Son

これについては、「日本のテレパシー:以心伝心」という記事で紹介しています。

もう一つの重要な言葉は「直感」ですが、直感という言葉の重要性は日本人にとって、西洋人とは比較にならないほど深いのです。

日本人はいまだに厳しい文化的プログラムによって、かなりの程度まで均質化されています。

同じ信念と行動様式を植え付けられ、その結果、日本人は同じように考え、同じように行動するようになっています。

実際、今でも日本人の態度や行動には伝統的な日本文化の力が色濃く残っており、集団生活の中では「日本流」の反応をすると考えることができます。

つまり、日本人は、ほとんどの状況において、他の人が何を考えているのか、どのような行動を取るべきなのかを、識別可能な日本の伝統的な価値観に基づいて直感することができるのです。

このように、日本の非言語的コミュニケーションでは、「空気」と呼ばれる「直感」が重要な役割を果たしています。

日本独特のコミュニケーションに慣れていない人が直面する問題の一つは、ある反応が直感に基づくものなのか、それとも理性に基づくものなのかを見極めることです。 

一般的に、直感による反応は、日本人の伝統的な考え方を反映したものであり、日本社会の集団的な見解にも見られます。

一方、純粋な理性に基づく反応は、個人の意見や立場を反映したものであり、集団の意見を代表するものであるかどうかはわかりません。

日本社会が円滑に機能するためには、やはり集団の意見が重要であることを覚えておいてください。

Geisha among the Cherry Blossoms

形式ばらない会合や、同僚との飲み会のような非公式なビジネスの場では、個人的な意見も認められますが、集団の意見の重要性を無視してはいけません。

日本人の直感には多くの知恵があり、それを理性と結びつけることで、議論や問題に対してより包括的な答えや解決策を導き出すことができます。

この多面的で急速に変化する世界に上手く乗るために、自分の理性的な思考に直感の要素を加えて、より高いレベルの気づきを得てはいかがでしょうか。

The power of one's own intuition

おまけ:日本人のお腹に対する独特の考え方については引き続き「虫が教えてくれた」というポッドキャストでご紹介しています。

右脳・左脳 – パート4

右脳・左脳 – パート4

右脳・左脳 – パート4

右脳・左脳 – パート4

ファジー・シンキングとリニア・シンキングについて考えたことがありますか?

日本的な考え方の核となるものは、ファジーシンキング、あるいはホリスティックシンキングと呼ばれています。

Fuzzy thinking

この思考は、世界中のほとんどの国が採用している直接的な思考法とは大きく異なります。

日本は韓国人や中国人と文化的な親近感や類似性を持っていますが、これらの類似性は、社会的発展の非常に早い段階で、原始的な韓国人、そして原始的な日本人が中国文化の多くの側面を取り入れたことによって生まれたものです。

明らかに日本は、独自の文化的本質を保持しており、これにより日本人は、中国人や韓国人とは明らかに異なる存在になっているのです。

ここで一つ持論です。

一般的に世界は東洋と西洋、東洋と西洋の二つに分けられます。

この二つの文化は白と黒と言ってもいいほど違います。

しかし、虹色や神々しいまでの文化と言えば?

Grayscale Paper

そうです。三つ目の文化、それは日本の文化なのです。急速に変化するこの世界が微妙なバランスを保つために、日本人のようなホリスティックな右脳的思考が大切なのです。

日本文明

東洋文明

西洋文明

大昔、大東亜共栄圏を作ろうとした日本の試みは失敗に終わったのですが、技術を吸収し、改良し、革新する日本人の能力が、21世紀初頭まで日本が世界第2位の経済大国として急成長する上で、重要な役割を果たしたことは間違いないでしょう。

The Greater East Asian Co-prosparity Sphere - when total empire met total war

日本人の自然な傾向は、すべての物事を全体的な視点から見ることであり、特に技術の使用と関連する美的要素に適用される場合には、確かに貴重な財産となります。

日本人は、合成紙、乗用車、ポルトガルのアーキバス(手銃)など、輸入された技術を理解し、複製し、改良するという神秘的かつ、高い能力を生まれながらにして持っています。

右脳の影響は、日本の美術工芸品、建築、庭園設計への体系的なアプローチや、日本人の日常生活の中に織り込まれた美的感覚として見ることができます。

Japanese Woman Bowing to the Land Of The Rising Son

また、日本人は右脳が強く働いているため、事実や論理に基づいて物事を考えることを嫌う傾向があります。

日本人は、直接的で純粋な論理的思考を、冷酷で残酷な反人間的なものと考えていることは間違いありません。

確かに、日本人が最も理想とするのはヒューマニズムがある人間像なのです。

What Is Secular Humanism

私たちの世界にも、もう少しヒューマニズムが生まれれば、私等の子孫の未来はもっと良いものになるでしょう。

来週も右脳と左脳の旅「日出ずる国」に、どうぞお付き合い下さい。

右脳・左脳 – パート3

右脳・左脳 – パート3

右脳・左脳 – パート3

右脳・左脳 – Part 3

日本文化における右脳優位の影響は、日本人の深い価値観、動機、行動にまで及び、日本における生活の、あらゆる側面を網羅しています。

日本の美術品や工芸品、新しい革新的な製品を生み出す際の細部にまで及ぶ拘り、そして日本という国全体のオーラに、右脳思考の影響を見ることができます。

Circular Rainbow Sun Halo

それは料理の盛り付けなど、普段のちょっとした生活の中にも通じるものがあります。

実際、日本の宴会の席で、芸術的ともいえる綿密な準備、緻密な美しい盛り付けをされた料理を出された経験をしたことのある人は少なくないでしょう。そして今これを読んで頷いている事でしょう。

washoku example

基本的に、日本文化における右脳の優位性が身体に及ぼす影響はポジティブなものなのです。日本人も、そして外国人でさえも、日本や日本道の概念を理解することができるのがその証拠でしょう。

興味深いことに、日本人同士が交流する時には、同じ文化的領域に存在しており、左脳的な態度や行動と相反する右脳的志向の側面は、確立されたコミュニケーション、寛容、協力というプロトコルによって制御されています。

更に日本人は、左脳が支配的で、右脳的な思考や行動を文化的に受け入れられない人達を相手にする時、誤解や摩擦が起きるのを避けられないでしょう。

これは、左脳派の人々が文化の違いに鈍感だったり、気が付かない振りをした場合に顕著に現れます。日本人を相手にする際にはとても注意を払うべきなのです。

Commander Perry Black Ship - ペリーの黒船

1870年12月29日にアメリカから来日したウィリアム・エリオット・グリフィスは、日本の開拓者の一人です。

グリフィスは、1870年12月29日に初来日し、日本の奥地(福井)で生活しながら教鞭をとってきたのですが、日本の本当の生活を知ると、自分が幼い頃から教えられてきたことに疑問を持つようになりました。

彼は1871年、以下のように綴っています

「なぜ、私たちは日本人とは逆のことをするのか?」

「我々が逆なのか、彼らが逆なのか?」

日本人は我々を逆だと思っています。

日本人は 、英語の筆記体をカニ歩きの様だと表現しますが、それは 日本語と「逆になっている 」からです。

日本人が西洋の本を見ると、上から下に向かって滑らかに、正しく流れる日本語とは相反して、文字がカニのようにページを横切っていると感じるのです。

日本人は馬小屋に馬を入れる時の向きも違う。

日本のネジは逆に締められている。

彼らの錠前は左に、我々の錠前は右に回る・・・。

西洋人は敵を傷つけるために人を殺し、日本人は敵を怒らせるために自分が死ぬ。

どの民族が左利きなのか?

どちらが本当の正なのか、それとも負なのか?

真実とは何か?

William Elliot Griffis

グリフィス氏は、日本が250年の鎖国を経て開国した直後、純真な西洋人だった彼は、右脳的思考の日本人の目の前に晒されたのです。

また、パトリック・ラフカディオ・ハーン小泉八雲)の著作、特に1904年に出版された『日本、解釈の試み』という重要な本にも同様の見解が示されています。

Patrick Lafcadio H - 小泉八雲

この明治維新期の日本に関する重要な歴史的解釈は、こちらから無料で読むことができます。

Japan, an attempt at interpretation

ウィリアム・エリオット・グリフィスの上記の歴史的文章、パトリック・ラフカディオ・ハーンの読書、そして私の30年以上に渡る日本の田舎での生活から得た実体験に基づいて、右脳・左脳理論の有効性を確認することができます。

旅をする時、そして日本人と交流する時、また日本人の中で生活する時、自分がどちらの脳を使っているのかを常に念頭に置いておく事をお勧めします。

来週は、右脳と左脳の対照的な考え方や生き方について、深く掘り下げてみたいと思います。